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5月12日 巻坂長編その2UP。
~episode 1 幸運チケット~
梅雨入りするかしないかの六月のある日、
場所は僕の楽園であり聖地、秋葉原の繁華街に来ていた。
普段なら一人片道45キロの道のりも今日は嬉しいことに動向者がいる。
最初に話に乗ってくれたのが鳴子君、彼との出会いもここ秋葉原だった。
そこに気乗りしない表情とは裏腹で、たまには良いだろうと
休日練習で急がしい今泉君も同行してくれることとなった。
中学校時代、憧れに憧れ続けた友達との秋葉原散策、本当に夢みたいだ。
「小野田く~ん、買い物終わったンか?」
「うん、見てこれ!ラブ☆姫限定ブルーレイ~!!
しかも極レアのプチフィギュア付きがゲット出来るなんてラッキー過ぎるよっ//」
僕のオススメコースを巡り、高々と掲げた限定BOXの納められた紙袋は心地良い重み。
これは今日の戦利品、事前告知からどれだか待ったか知れないラブ☆姫ブルーレイを
ついにゲットしてしまった…っ本当は保存用にもう一つ欲しかったんだけど予算の都合上諦めた。
帰ってからじっくり堪能させていただきます、今からとても楽しみだなぁ~//
「おい、そろそろアキバから出ないと帰り暗くなっちまうぞ」
ガシャポン堂を退店すると表道路で待っている今泉君が
僕達二人の姿を見つけて声をかけてくれた。
遠慮すると一緒には入ってくれなかったけど、待っててくれるんだから本当優しい人だと思う。
「わ~っとるわ、このスカシ泉が!!
楽しい時間にそんなセコセコしとったら面白み半減やで;
お前はオレらの保護者か!?」
「正論を言ったまでだ、小野田はさておき偶にしか来ない奴ほど
歯止めが効かなくなるんじゃねーかとわざわざ忠告してやったってのに…」
「なんやと、大きなお世話じゃ…っ!」
僕からすれば、これはいつもの会話なんだけど
流石に街の往来場所ではケンカしてるようにしか取られないだろうなぁ…;
ぶつかり合う視線からは火花さえ漏れそうな中、僕は話をそらそうと飛び込んだ。
「ねぇー、ちょっと、二人ともっ、あっちに移動販売のクレープ屋さん来てたよっ//;
結構歩いたし、何か食べようよ、ねっ//;?」
今日は休日ということもあり、往来する人々の数も半端なものではない。
それを狙って商売をする移動販売も多く、実際けっこうあちこちで見かけていた。
秋葉原は車の通行が規制されている分、歩くしか他に術はない。
三人で自転車移動するわけにもいかないし、歩きに歩いて少し小腹が空いていたのは本当だった。
「おぉ~いいなぁー小野田くんっ//!
空きっ腹はアカンよなぁー、食い物屋何きてるんやろう//?」
「ガキかよ」
「そうやって反発する奴は食べんで結構ですー、さー行こ行こっ//」
独特のマイペース、っていうかこの勢いのあるテンションに僕はどうも流されてしまう。
それが鳴子君の持ち味と言えばそうなんだろうけど、この明るさに何度助けられたかわからない。
「俺はお前の指図は受けない、俺も腹が減ったから食うのは勝手だ、行くぞ小野田」
いつもクールで物腰も固い今泉君だけれと、本当はとっても仲間思いだって事を僕は知っている。
今日だって練習休んでまで一緒にアキバへ来てくれたくらいだしね、本音は優しいんだと思う。
目の前で口喧嘩を続ける背中を眺めつつ、通りにあったクレープ屋さんに立ち寄った僕達は
各自好きなメニューを頼んで小腹を満たす事にした。
「んっ…ふぉーひへば、おほだふん…!」
(んっ…そーいえば、小野田くん)
買うものも買ったし、充分にアキバを堪能した僕達が
駐輪場へと向かう途中、右手に一つ、左手に生クリーム山盛りのクレープを二つ持ちながら
鳴子君が何かを思い出したように僕に振り返って見せた。
「お前とうとう人の言葉まで喋れなくなったのか…可哀想に」
「んぐっ…っ、喋れるわい!!その哀れんだ目でワイを見るな、腹立つわーホンマっ!」
今泉君の言葉にすかさずツッコミを入れる鳴子君、さすが関西人だ。
まるで漫才みたいだと思いながら、まあまあと鳴子君に声を掛けられた理由を聞いてみた。
すると左手にクレープをギリギリ持ちながら右手でポケットを探り始め、何かを取り出した。
「コレ、さっきの店でガンプラ買うたら貰ったんやけど小野田君にやるわ。
小野田君も確か貰ってたよな?」
そう言って差し出したのは3枚の黄色い抽選券。
そういえば僕も会計時に貰ったような…と、カバンを手探ると
レシートと一緒に6枚の抽選券を見つけて取り出した。
「なんや今、各店で買い物すると千円で一枚貰えるみたいやで。
10枚で一回とか言うとったけど、それって一万円分で一回分やろ?
どんだけのモンが景品なんやろうなー、まぁ三枚じゃ引かれへんし
アキバ先輩の小野田くんが引くのが一番や、ホラそこの電気屋の一階が抽選会場みたいやで」
僕に券を渡した鳴子君は再びクレープを両手に持ち直し食べ始めた。
そう言えばアニメショップの店員さんもそんな事言ってたような気がする。
でも鳴子君が言う通り10枚無ければ引けないわけだし、僕自身クジ運が無いから関係無いと思っていた。
「あ、それなら俺も持ってるぜ…ホラ」
そう言って今度は今泉君がポケットから一枚、黄色の抽選券を取り出してみせた。
「なんやお前も買い物しとったんかい、スカシた顔してしっかり楽しんでるやないかい」
「べっ…別に秋葉原=オタクってわけじゃねぇーだろう…//;
お前達待ってる間にCD一枚買ったら貰ったダケだ、やるよ小野田」
今泉君も楽しんでくれてたみたいで良かったと
僕は差し出された券を受け取り、10枚重ねて両手に握り締めた。
でも、この抽選券、アニメ関係のグッツを買わないと貰えないハズなんだけど
今泉君は何を買ったのかな…//?
「あ、ありがとう今泉君、鳴子君//!
僕、クジ運とか全然無いけど引いてみるから一緒に来てくれるかい?」
「折角10枚あるんだから、引いてみるだけ引いてみればいいだろう」
「そーやで、俺等も一緒にいったるわ//」
二人から貰った抽選券を合わせて全部で10枚、
引ける事よりも、その気持ちが僕は充分過ぎるくらい嬉しいよ。
風に飛ばされないように大切に握り締めながら
僕は早足で会場である大型電気屋さんの一階へとやってきた。
夕方だっていうのに結構な人集りで、人波を掻き分けながら抽選所までやって来ると
そこには輝かしいばかりの景品のラインナップ、自然と目が釘付けになった。
「ああっ!!二等にヒメの1/8フィギュア!三等に限定売り切れになった原画集もある!!」
おかしなくらいテンションは上がり始め、ショーケースに並べられた景品を
目が回るんじゃないかってくらい何度も見渡してはうっとりした溜息が溢れ続ける。
これは、どうしても欲しい…普通なら到底手に入らない代物が目の前にあって
僕はチャンスを手に握っている、一回勝負、やるしかない。
係員さんに10枚の抽選券を渡し、福引の取っ手に手を掛けてゆっくりと回し始める。
心の中ではエンドレスでヒメヒメが流れる中、何度目かの回転音の後
コトリ、と一粒の球が落ちる音が聞こえた…と、同時に…。
『おめでとうございまーーすっ!!
今回の大目玉特賞ー特賞出ました―――//!!』
どっと辺が湧き上がり、辺は人混みのせいもあって更に騒がしくなった。
ところが僕はといえば一体何が起こったのか状況が全く飲み込めず、
今し方落ちた玉をただじっと見つめることしか出来なかった、何…特賞って、なに;?
やがて背後から漸く人混みをかき分けた鳴子君と今泉君に背中をポンと叩かれて振り返った。
「どした、どした小野田くんっ、今特賞って聞こえたけどアレ小野田くんかっ//!!」
「クジ運無いとか言ってたクセに…おい、小野田しっかりしろ//;」
余程ぼーっとしているように見えたんだと思う。
何度も今泉君にしっかりしろと言われ、鳴子君にバンバン背中を叩かれ
漸く我に返った僕は慌てて福引の係員さんに詰め寄った。
「あ、あの!特賞って、特賞ってなんなんですかっ!?」
僕の質問に一瞬、相手の顔はきょとんとしたものに見えたけど
直ぐに営業スマイルに戻り、A5サイズの白い封筒を差し出してくれた。
なんだ、ヒメのフィギュアでも原画集でも無いのか…とガッカリした顔を出さないようにしながら
僕はありったけの頑張った笑顔でその封筒を受け取り、今泉君、鳴子君と共にその場を後にした。
========
「なぁ~なぁ~小野田くん…そんなガッカリせんと、元気出しいな//;」
三人分の自転車を停めた駐輪場に着いたときは、辺はうっすらと暗くなり始めていた。
あぁ…あの1/8ヒメ欲しかったな、そればっかりだった僕は特賞を当てた実感も無く
諦めきれない溜息にくれていた。
「今から戻ったら二等に変えてくれないかな…特賞とか僕には重すぎるよ;」
「何言うとんねん!一等の上やで特賞やで!?派手でいっちゃんカッコイイやないか!!」
「小野田とお前とは違うんだよ、アホ」「アホちゃうわ、ボケ!」
今泉君と鳴子君の言い合いの中、僕は自転車のサドルに手を当てて大きく溜息をついた。
そういえば全然気にもしてなかったけど、特賞ってなんだったんだろう…
白い封筒に堂々と特賞の印が押された封を切り、中から数枚のチラシを引き出して見ると
一番に目に飛び込んできたのは『おめでとうございます!!』のお祝いの言葉だった。
「あ、そうだ…多分、戻っても景品無いと思うぞ。
帰りがけに後ろで『二等おめでとうございます』とかなんとか言ってたからな…」
「お前…ワイ以上にキッついな…、その言葉;」
「ううん…いいんだ、なんか諦めついたよ//;
こうして景品も貰ったし…コレ…」
苦笑いで大丈夫だと答えた僕が、更にチラシを引き出して見てみると
そこには日本語と英語、それにもう一つ別の言語が印刷されたチラシが入っていた。
「これ、何語だろう…」
僕の呟きが聞こえたらしく今泉君と鳴子君も
両サイドから覗き込み、三人一緒にチラシを眺めると、
僕よりも先にさらっと目を通した今泉君が内容を読み上げ始めた。
「フランス語だな…下に日本語でも説明があるぞ。
『Japan・expo特別御招待 アニメを愛するあなたを世界最大の日本サブカルチャーの祭典に御招待』」
「なになに…『7月4~7日の四日間、全日程行来自由、宿泊、交通、旅費の全てを無料で提供いたします』やて。
スゴイやないかい小野田くん!タダで海外旅行行けるいう話やでコレ!!」
続いて鳴子君も内容を理解したらしく、事の大きさに自分の事のように喜んでみせた。
当の僕はと言えば、先程の福引会場同様に全く状況を理解しきれていなかった。
『Japan・expo』と言えば近年海外で開催される日本サブカルチャーの祭典、
アニメ、コスプレなどを通して日本発信の文化を見てもらおうという試みだ。
テレビや雑誌、アキバの店頭にポスターや記事が飾られているのを何度か目にしたことはあったけれど
まさか、その参加券を僕は手にしてしまったのか…特賞と銘打つだけの事はある。
世界に羽ばたく日本のアニメ…なんて素晴らしい響きなんだ、誇りだよね!
国境を越えてアニメの話に触れられるなんて正にパラダイス…と、やや自分の世界に入り始めた僕だったけど
ハッと我に帰り、大きく首を左右に振って念を払った。
そんな事言ってる場合じゃない、現実を見ろ、小野田坂道!
「ええーーーっ、でもフランスってフランスでしょっ;;!?
海外旅行なんて行ったこと無いし、パスポートとか英語とか全くわからないよっ;;
まして一人でなんて絶対に無理だって、心細すぎて僕死んじゃうよーっ;;」
遠出して千葉から秋葉原の僕からすれば海外旅行なんて考えた事も無かった。
部活の遠征以外、遠足や修学旅行ぐらいしか遠くに行った記憶も無いのに
いきなり国内飛び越えて海外だなんて無茶に決まってる。
一緒に行かない…なんて無理なお願いを言い出しそうになった僕に
最初に気が付いたのは今泉君で、小さく首を横に振ってみせた。
「残念だがこの旅行券は当選者限り有功みたいだぞ、注意書きにも書いてある。」
「あ、本当や、一枚のチケットでexpo会場には二名様まで入場可能ってなっとるけど
旅費は一人分しか負担せーへんみたいや、なんやケチくさい」
無理なお願いをする前に予め提示されていた条件に敢無く撃沈…。
行ってみたいという気持ちもあるけれど場所が遠すぎる。
所詮、僕には夢みたいな話でしかないのだ。
封筒を片手にガックリと肩を落としている僕の耳には
鳴子君のチケットに対する文句が続いた。
「しっかし主催者側も意味わからんなー、あ、それとも何か?
現地で外国人の友人でも作れゆう交流目的でもあんのかいな;?」
鳴子君の言う通りだと僕も思うよ。
主催者の意図が見えない、もっとオタクに優しい条件を出してくれても良かったじゃないか。
でもチケットだけでも記念にはなるし、家に帰ったら部屋に飾ろう、
買ったばかりのヒメのプチフィギュアも隣に置いたら素敵じゃないかな//
だんだん良い方向へと気持ちが切り替わり始めた僕はチラシを封筒に戻し
大切にバックにしまおうとした時だった。
「…あ」
今泉君がふと何かを思い立ったらしく一言だけ呟くと
僕の肩をポンと叩き、何か考えついたような顔で口を開いてみせた。
「安心しろ小野田、考えがある。
お前が行く気があるならばこの旅行の一件、俺に任せてみないか?」
口角を上げ、自信有り気な今泉君の表情は
この時の僕にはとても頼もしく見えたのだった。
~episode 2へ続く ~
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