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5月12日 巻坂長編その2UP。
~かつて、そして、これから~
(小野田坂道)
胸を破って、僕の心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。
抱き寄せられた優しい締め付けに護られるように囚われた身体は
ほんの少しも動かせそうに無くて、もう、そうしている他に術は無かった。
「苦しいか…?」
「だい、じょうぶ…です…」
頭上からの声に答えると、微かに笑う声が後に続く。
目の前に映っているのは巻島さんのお腹、細いけど筋肉がついていて
そっと押し当てられた頬には少し固かったけど嫌ではなかったし、
巻島さんの手が当てられた背中が温かくなっていくのがじんわりと伝わってきていた。
でも今だに僕の身に何が起こっているのかの理解は追いついて来ないんだ。
「…悪かったショ」
次に聞こえたのは、何故か巻島さんの謝る言葉だった。
何に対してだったのか覚えのない僕はただ黙って聴いていると
ゆっくりと巻島さんは話し始めた。
「俺が退部した後に、お前がスランプになったって
連絡もらった時には本当に悪かったって心底思ったショ。
スランプ中の思うようにならない苦しさも知ってるし、
自惚れかも知れないが坂道がそうなったのは俺が原因だっても直ぐに察しがついた…。」
確かに、酷く苦しかった…。
巻島さんの言葉に、あの夏の日が脳裏に蘇る。
インターハイ後、憧れでもあり幾多のアドバイスをくれた巻島さんが
海外留学をするとショックでたまらなかった。
それは直ぐに症状として現れ、僕は坂が登れなくなってしまった。
長い手足、異様なダンシング、長く揺れる玉虫色の綺麗な髪、全部が魅力的で大好きで憧れてた。
でも、視界から突然それが無くなってしまった坂はとても大きく、そして、とても辛いものに変わっていた。
僕は巻島さんの背中を追いかけて坂を登るのが大好きだったから…
多分、巻島さんが聞いたら笑われそうだけど、
何倍も何十倍も楽しくなったのは大好きな巻島さんのおかげだったから…。
喉まで出掛かった思いが言葉に変わってくれない。
呼吸が上手く吐き出せないまま、僕はグっと目をきつく閉じた。
「田所っちや金城と違って傍に居てやれないばかりか、急においてけぼり食らわせて後輩に預けた。
インターハイ総合優勝、お前と昇った峰が山ラストクライム、お前へのメッセージ伝えて…
全部スッキリさせて心残り無く留学するつもりだったのに内心はカラっきし…到底無理な話だったんだ。」
話の途中で背中を抱く感覚が強くなってみせる、ちょっとだけ巻島さんの腕が震えているようにも思えた。
いや、巻島さんだけじゃない…僕の体も、きっと震えている。
隠せるわけじゃないけれど、いっそう腹に顔を埋めて僕は一度頷くと頭を撫でる感覚が伝わってきた
「空港で坂道を見つけた時、なんだ…夢でも見てんのかって…まさか居るわけ無いって。
でも、事情を聞いて事態を理解したときにはお前同様に嬉しくてたまんなかった、
我儘で身勝手したのは俺だってのに、アイツ等(部活メンバー)もデカい事やってくれたショ…//;
隠してたつもりだったんだケド俺の気持ちバレてたのかねぇ…」
優しく頭を撫でる手が肩に置き換わり、それは僕の顔を上向かせようとしているようだった。
深く深く一つ、息を吐いて見上げた先には優しくも曖昧に微笑んでいる巻島さんの顔があって、
ゆっくりと合わせた視線に鼓動が大きくなっていくのを指差しから爪先まで僕は感じていた。
時間が止まっているんじゃないかな…と錯覚する思いの中で、巻島さんの口がそっと開いて言葉を紡いた。
「好きだ」
「……ぇ…っ…」
「どうにもこうにも…やっぱり、お前がいないと俺の中に何か一つ大事なモノが足りないんショ。
受け取ってくれなんて無理は言わない、ただ、俺の本当の気持ちをお前には知ってもらいたかったんだ。」
巻島さんの口から聞こえた言葉が熱となって胸を染めていく。
好きだという三文字が何度も、何度も…スローモーションみたいに
一音ずつ確かめるように頭を駆け巡って鳴り止まない。
今、この時はウソなんかじゃないよね…
僕の気持ちが見せた幻、とかじゃない…よね…?
追いかけるように自分自身に問い返してみたけれど
何度も繰り返される巻島さんの言葉に追いつけやしなかった。
かわりに現われてみせたのは熱くなり始めた目頭とじわりじわりと霞みだした視界。
今日は最後まで笑顔でいようって決めてたのに、もう、我慢出来そうにないや…。
「さ…っ、坂道…っ!?」
半分も見えなくなっていた視界で、僕は目の前の巻島さんへと抱きついて顔を埋めた。
嬉しくて、嬉しくて…どうしたら良いのか分からない…。
こんなに嬉しくて、頭が可笑しくなりそうな事なんか今まで無かった。
鼻を鳴らし、喉もひっくり返りそうなくらい噎せて、溢れてくる嬉しさと涙に頭がクラクラする。
巻島さんに抱きついていなければ、きっと立っていられない。
「ぼく…っ…も、……巻島さんの事、がぁ…だい、すきです…っ…
ずっと、ずっと…どうしようって…思ってて…言ったら迷惑、、、かなっ…って…
苦しかった…し…っ、でも…一緒にいられるだけでも…せ…だからっ……
声が聞けて…話をして、…名前を呼んでくれるだけでも、僕…は、幸せだったから…っ」
僕は自分の気持ちを巻島さんにぶつけた。
苦しくて、寂しくて、何度も会いたいって思った事も、
いつも先を走る背中にドキドキして楽しくて仕方がなかった事も、
今日のこの日を一緒に祝えた事も…僕を好きだって言ってくれた巻島さんの言葉も…。
呼吸もままならないし、雑音の混じる鼻声でも構わずに話続けたんだ。
「坂道…さかみち…」
力いっぱい抱きついた身体をそっと支えるように包まれた肩が揺れる。
耳には僕の名前を呼ぶ巻島さんの声が聞こえるけれど、泣きすぎて上手く返事が出来ない。
きっとグシャグシャになっているだろう顔をゆっくりと上げてみせると
ぼやけた視界にも分かる、鼻を赤くした巻島さんの泣き笑う顔が浮かんでいたんだ。
「お前も、だいぶニブいと思ってたケド…俺の方も同じだったんだな…//;」
「だって…こんな…結末になるなんて…考えてもい…んでしたから…//:」
泣いた後の赤くなった目で見つめ合う僕達の間に自然と笑い声が生まれて
鼻を啜って隠すように俯いた巻島さんにつられて、僕も鼻を啜って顔を拭った。
カッコ悪くなんかない、その顔は穏やかく笑顔で優しいものに見えていて
スッと広げてくれた両手に僕は思いっきり飛び込んで抱きしめて貰ったんだ。
「なぁ…坂道」
僕が胸の間から顔を見上げてみせると、視線を下ろしながら
巻島さんの顔がゆっくりと近付いてきて僕の耳に囁くように言葉が続いた。
「誕生日にもう一つ、坂道にしか叶えられない願いがあるんだケド…言ってもイイか?」
「ハイ…なんですか…巻島さん…//?」
背中を抱えられたまま、頭に添えられた手で
ゆっくりと僕の髪を撫でながら巻島さんは照れくさそうに言葉を続けた。
「坂道を俺にちょうだい、それが俺の願いだ」
言葉通り、それは僕にしか叶えられない願い。
耳を擽る熱は頬を伝って感覚を麻痺させそうだったけど
僕は恥ずかしさ半分、でも嬉しさの方が遥かに勝っていて
これ以上に無い嬉しさを噛み締めながら小さく、でもはっきりと頷いて答えた。
「ハッピーバスデイ、巻島さん//!!」
僕の答えと同時くらいに浮いた踵と、その先にあった柔らかい感触。
巻島さんの長い髪が僕達を隠すカーテンみたいに頬に触れて擽った。
夏の夜空の下、世界には僕と巻島さんだけみたいに思える程静かで
熱を冷ますように夜風のそよぐ中、僕達は初めてのキスをした。
それは、まだ何処か恥ずかしくて、少し嬉し泣きしそうな心を
見合わせた笑顔で誤魔化した。
(小野田坂道)
胸を破って、僕の心臓は今にも飛び出してしまいそうだった。
抱き寄せられた優しい締め付けに護られるように囚われた身体は
ほんの少しも動かせそうに無くて、もう、そうしている他に術は無かった。
「苦しいか…?」
「だい、じょうぶ…です…」
頭上からの声に答えると、微かに笑う声が後に続く。
目の前に映っているのは巻島さんのお腹、細いけど筋肉がついていて
そっと押し当てられた頬には少し固かったけど嫌ではなかったし、
巻島さんの手が当てられた背中が温かくなっていくのがじんわりと伝わってきていた。
でも今だに僕の身に何が起こっているのかの理解は追いついて来ないんだ。
「…悪かったショ」
次に聞こえたのは、何故か巻島さんの謝る言葉だった。
何に対してだったのか覚えのない僕はただ黙って聴いていると
ゆっくりと巻島さんは話し始めた。
「俺が退部した後に、お前がスランプになったって
連絡もらった時には本当に悪かったって心底思ったショ。
スランプ中の思うようにならない苦しさも知ってるし、
自惚れかも知れないが坂道がそうなったのは俺が原因だっても直ぐに察しがついた…。」
確かに、酷く苦しかった…。
巻島さんの言葉に、あの夏の日が脳裏に蘇る。
インターハイ後、憧れでもあり幾多のアドバイスをくれた巻島さんが
海外留学をするとショックでたまらなかった。
それは直ぐに症状として現れ、僕は坂が登れなくなってしまった。
長い手足、異様なダンシング、長く揺れる玉虫色の綺麗な髪、全部が魅力的で大好きで憧れてた。
でも、視界から突然それが無くなってしまった坂はとても大きく、そして、とても辛いものに変わっていた。
僕は巻島さんの背中を追いかけて坂を登るのが大好きだったから…
多分、巻島さんが聞いたら笑われそうだけど、
何倍も何十倍も楽しくなったのは大好きな巻島さんのおかげだったから…。
喉まで出掛かった思いが言葉に変わってくれない。
呼吸が上手く吐き出せないまま、僕はグっと目をきつく閉じた。
「田所っちや金城と違って傍に居てやれないばかりか、急においてけぼり食らわせて後輩に預けた。
インターハイ総合優勝、お前と昇った峰が山ラストクライム、お前へのメッセージ伝えて…
全部スッキリさせて心残り無く留学するつもりだったのに内心はカラっきし…到底無理な話だったんだ。」
話の途中で背中を抱く感覚が強くなってみせる、ちょっとだけ巻島さんの腕が震えているようにも思えた。
いや、巻島さんだけじゃない…僕の体も、きっと震えている。
隠せるわけじゃないけれど、いっそう腹に顔を埋めて僕は一度頷くと頭を撫でる感覚が伝わってきた
「空港で坂道を見つけた時、なんだ…夢でも見てんのかって…まさか居るわけ無いって。
でも、事情を聞いて事態を理解したときにはお前同様に嬉しくてたまんなかった、
我儘で身勝手したのは俺だってのに、アイツ等(部活メンバー)もデカい事やってくれたショ…//;
隠してたつもりだったんだケド俺の気持ちバレてたのかねぇ…」
優しく頭を撫でる手が肩に置き換わり、それは僕の顔を上向かせようとしているようだった。
深く深く一つ、息を吐いて見上げた先には優しくも曖昧に微笑んでいる巻島さんの顔があって、
ゆっくりと合わせた視線に鼓動が大きくなっていくのを指差しから爪先まで僕は感じていた。
時間が止まっているんじゃないかな…と錯覚する思いの中で、巻島さんの口がそっと開いて言葉を紡いた。
「好きだ」
「……ぇ…っ…」
「どうにもこうにも…やっぱり、お前がいないと俺の中に何か一つ大事なモノが足りないんショ。
受け取ってくれなんて無理は言わない、ただ、俺の本当の気持ちをお前には知ってもらいたかったんだ。」
巻島さんの口から聞こえた言葉が熱となって胸を染めていく。
好きだという三文字が何度も、何度も…スローモーションみたいに
一音ずつ確かめるように頭を駆け巡って鳴り止まない。
今、この時はウソなんかじゃないよね…
僕の気持ちが見せた幻、とかじゃない…よね…?
追いかけるように自分自身に問い返してみたけれど
何度も繰り返される巻島さんの言葉に追いつけやしなかった。
かわりに現われてみせたのは熱くなり始めた目頭とじわりじわりと霞みだした視界。
今日は最後まで笑顔でいようって決めてたのに、もう、我慢出来そうにないや…。
「さ…っ、坂道…っ!?」
半分も見えなくなっていた視界で、僕は目の前の巻島さんへと抱きついて顔を埋めた。
嬉しくて、嬉しくて…どうしたら良いのか分からない…。
こんなに嬉しくて、頭が可笑しくなりそうな事なんか今まで無かった。
鼻を鳴らし、喉もひっくり返りそうなくらい噎せて、溢れてくる嬉しさと涙に頭がクラクラする。
巻島さんに抱きついていなければ、きっと立っていられない。
「ぼく…っ…も、……巻島さんの事、がぁ…だい、すきです…っ…
ずっと、ずっと…どうしようって…思ってて…言ったら迷惑、、、かなっ…って…
苦しかった…し…っ、でも…一緒にいられるだけでも…せ…だからっ……
声が聞けて…話をして、…名前を呼んでくれるだけでも、僕…は、幸せだったから…っ」
僕は自分の気持ちを巻島さんにぶつけた。
苦しくて、寂しくて、何度も会いたいって思った事も、
いつも先を走る背中にドキドキして楽しくて仕方がなかった事も、
今日のこの日を一緒に祝えた事も…僕を好きだって言ってくれた巻島さんの言葉も…。
呼吸もままならないし、雑音の混じる鼻声でも構わずに話続けたんだ。
「坂道…さかみち…」
力いっぱい抱きついた身体をそっと支えるように包まれた肩が揺れる。
耳には僕の名前を呼ぶ巻島さんの声が聞こえるけれど、泣きすぎて上手く返事が出来ない。
きっとグシャグシャになっているだろう顔をゆっくりと上げてみせると
ぼやけた視界にも分かる、鼻を赤くした巻島さんの泣き笑う顔が浮かんでいたんだ。
「お前も、だいぶニブいと思ってたケド…俺の方も同じだったんだな…//;」
「だって…こんな…結末になるなんて…考えてもい…んでしたから…//:」
泣いた後の赤くなった目で見つめ合う僕達の間に自然と笑い声が生まれて
鼻を啜って隠すように俯いた巻島さんにつられて、僕も鼻を啜って顔を拭った。
カッコ悪くなんかない、その顔は穏やかく笑顔で優しいものに見えていて
スッと広げてくれた両手に僕は思いっきり飛び込んで抱きしめて貰ったんだ。
「なぁ…坂道」
僕が胸の間から顔を見上げてみせると、視線を下ろしながら
巻島さんの顔がゆっくりと近付いてきて僕の耳に囁くように言葉が続いた。
「誕生日にもう一つ、坂道にしか叶えられない願いがあるんだケド…言ってもイイか?」
「ハイ…なんですか…巻島さん…//?」
背中を抱えられたまま、頭に添えられた手で
ゆっくりと僕の髪を撫でながら巻島さんは照れくさそうに言葉を続けた。
「坂道を俺にちょうだい、それが俺の願いだ」
言葉通り、それは僕にしか叶えられない願い。
耳を擽る熱は頬を伝って感覚を麻痺させそうだったけど
僕は恥ずかしさ半分、でも嬉しさの方が遥かに勝っていて
これ以上に無い嬉しさを噛み締めながら小さく、でもはっきりと頷いて答えた。
「ハッピーバスデイ、巻島さん//!!」
僕の答えと同時くらいに浮いた踵と、その先にあった柔らかい感触。
巻島さんの長い髪が僕達を隠すカーテンみたいに頬に触れて擽った。
夏の夜空の下、世界には僕と巻島さんだけみたいに思える程静かで
熱を冷ますように夜風のそよぐ中、僕達は初めてのキスをした。
それは、まだ何処か恥ずかしくて、少し嬉し泣きしそうな心を
見合わせた笑顔で誤魔化した。
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