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5月12日 巻坂長編その2UP。
(巻島裕介)


「あのさ…坂道」


遠目にアパートの影も見える距離まで来た時、そろそろ良いかと俺は足を止めた。
今日一日、坂道は終始笑顔のままロンドンを楽しんでもらえたようだし俺も満足、
子供みたいにはしゃぐ坂道は面白くて愛おしい、マーケットの人ごみで離れないようにと
繋いだ手に自然と心は穏やかで、同時に癒されていくのが感じられていた。
電車で帰ろうという言葉に甘え、少しだけ遠回りするために二駅手前で降りて歩く中で
タイミングを見て言おうと思っていたことを頭の中で巡らせているうちに、
気が付けばすっかりアパートの近所…全く、時間てヤツは流れるのが早い。



「ぇ…はい、なんでしょうか巻島さん…//」


もうアパートは目の前だっていうのに急に足を止めた事を表情に浮かべながら
俺は問い返す坂道へと向き直し、視線を重ねて話し始めた。


「今日一日…いいや、お前と過ごした五日間、俺は最高に楽しかったヨ。
多分お前が来てくれなきゃこんなに街中を歩くことも無かったハズだし
誰かに留学した理由を話す事も無かったショ、礼を言うぜ…ありがとな」


自然と言えた『ありがとう』の言葉。
言い慣れない歯痒い言葉も何故か坂道を目の前にすると言えてしまう不思議さ。
限りなく自然体でいさせてくれる坂道の存在は俺にとって途方も無く大きくて、
好き以上の特別なものへと変わった五日間はなにものにも代え難い最高の日々だった。


「僕の方こそ、とってもとっても楽しかったです//!!
今日の観光も勿論そうですけど、巻島さんと過ごした五日間はあっという間でした。
こんなに楽しくて充実したものになったのは全部巻島さんのおかげです//」

「ソレ、褒めすぎっショ…//;」


俺の言葉に眩しいくらいの笑顔を向ける坂道に胸が高鳴っていくのが分かる。
叶うなら俺だけのものにしたいくらいだなんて思い照れつつも、そうかと小さく呟いて笑っている俺に、
坂道は肩に掛けていたスポーツバッグに手を差し入れると小さな紙包みを取り出してみせた。


「あの…これ、どうぞ受け取って下さい//」


差し出されるままに受け取って袋を開けると、中身は携帯用のソーイングセット。
これは?と視線を戻すと、坂道は笑顔に頬を赤らめながら理由を説明し始めた。


「巻島さんへの誕生日プレゼント、何が良いかなってあれこれ考えたんですけど思いつかなくて…//;
デザイナーの勉強をしていると知ったので安直かも知れませんが針と糸にしました。
何処かの国ではお守りにもなるって聞いたことがあったのでこのプレゼントに決めたんです」


説明を理解するまでに少し時間を要したが、数え直して今日という日が何なのかを漸く俺は思い出した。
…全っ然忘れていたが今日は紛れも無く7月7日、坂道が来てから日にちの感覚が薄くなっていたせいもあったが、
自分の誕生日のことなんかすっかり頭から抜け落ちていたんだ。


「お前、覚えててくれたのか…俺の誕生日」

「ハイ、勿論です//!!」


サプライズにも程がある、まさかこんなカタチで祝われるなんて考えもしていなかった。
誰に祝われるより嬉しい『おめでとう』は耳に繰り返されて止まない、
高鳴る鼓動に熱を広げ始める頬の感覚に嬉しさと驚きを感じつつ
暫く呆然とする俺を見つめながら坂道は更に言葉を続けていった。


「こうやって直接プレゼントを渡せるなんて夢にも思ってもいませんでした。
ずっとずっと会いたかった巻島さんにこうして会えて、一緒に暮らした数日間のあいだに
僕も凄く素敵なものを沢山僕は貰いました…プレゼントを渡しておいて貰ったなんて言うのは変かもしれないですけど…//;」


言葉を探してつなぎ合わせ、一生懸命に伝えようとする坂道を目の前にして
俺の心臓がバカみたいに心拍数を早めていきやがる。
クライムしている時だってこんなに胸は苦しくならなかったってのに…
呼吸するのも苦しくなるくらい、この胸は想いで今にも溢れ返りそうだと思うと同時に
自然と伸ばした腕に坂道を包んでそのまま優しく抱きしめた。
突然の事に坂道は肩を一度跳ねさせたが、抵抗する様子も無く、腕に抱かれたまま身体の動きを止めてみせた。


「…俺も同じ、沢山、それこそ抱えきれないくらい大切なモンいっぱい貰ったッショ」

「ま、巻島さ…っ…っ…」

「いいから、そのまま黙って聞いてるショ…
一回しか言わねぇー大事な話、これからするから」


俺の言葉に腹の辺りで一度だけ頷く感覚に頷き、そのまま壁に背を預け深呼吸をする。
憧れと好きの境目はとても曖昧なものだから、これから坂道に話そうとしていることは
持っている憧れとか、信頼とかいう思いをブッた切ってしまうかも知れない。
けれど、この気持ちを抱えたまま坂道と別れる事が俺には出来そうに無い。
人通りの少ない街路に二人、街灯の灯りが淡く照らす中でこの腕の中にある小さくも
大きな存在を確かめるように、ゆっくり、はっきりと坂道に聞こえるように俺は自分の思いを話し始めたのだった。


~last episodeに続く~
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