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5月12日 巻坂長編その2UP。
「ま、いいか…こっちの方がマトモに話が通じそうだし、やっとオレが悪魔だって信じたみてぇーだしな」
「いや、それはまだちょっと…//;」
頬を掻きながら答えた僕を一度鼻で笑ってみせる口元には二本の牙が見えた。
あ、荒北さんじゃ無い…僕はようやくこの人が荒北さんとは別人だと認識した。
声も顔も背格好も同じ、確かに獣みたいな人だけど荒北さんに牙は無い、よく見れば両耳に赤い石のピアスもある。
僕の観察の中でも相手は構わずに、夕方にも見た液晶タブレットをどこからともなく取り出し、操作しながら話始めた。
「お前が気絶しちまったせいで話が中途半端になっちまったから戻って来てやったんだ。
ホラよ、それ見ながら説明すっから漏らさず聞きやがれ」
乱暴に差し出された液晶タブレットを受け取った僕が画面を見ると、
そこには見覚えのあるデジタル数字のカウントダウンが映し出されている。
前に見た時より残り時間は確かに減っていて尚も時を刻み続けていた。
僕と荒北さんの残り時間だって言ってたと思うけど、いまいち考えに浮かばないままだ。
「えぇ~…と、近年男性同士カップル人口増加に伴い、事態を把握し処理するために天界が選別に乗り出す事になった。
正真正銘、互いに愛し合っているカップルはそのまま見守り継続維持し、ハーン…
遊び半分や何と無くの曖昧なカップルは状況を把握し相応の対応と処置を下す、ほぉー…
人間同士では裁き切れない問題を自然の摂理、道徳に成り代わり…ん~…
それぞれが正しい道に導いてやるのが我々の仕事である、…だとヨ。」
言葉に反応するように画面はデジタル数字を映しながらも
ピクトグラフを使った寸劇動画のおかげで説明は実に分かりやすいものだった。
話し終えると一度真っ暗になった画面は再び大きく数字を映して
また一秒、一秒と残り時間を知らせるものに変わってみせた。
「とっても説明は分かりやすかったんですけど…なんで、そんなに他人事なんですか…//;」
「他人事な上に渡された文章まんまテンプレだからな、俺から言わせりゃ御苦労なこったゼ」
さも自分にはどうでもいいと言わんばかりの呆れ顔をみせながら
溜息を混じえつつ尚も話は続いた。
「でもよォー…オレから見てもお前等だって後者の例外じゃねぇーだろ、特にお前が」
「僕…ですか…」
「可愛い顔してトボけてんじゃねーよォ…//?
お前の内心、表面上は楽しそうだが根の深くでは不安で不安でたまんねぇーって言ってるのが
オレの耳にははっきり聴こえてンだよぉ…隠そうったって無駄だぜ」
それは僕にしか知り得ない自分自身の隠した内心の話に違いなかった。
誰にも話していない、勿論荒北さんにだって聞けないでいる話…僕を選んだ理由がなんだったのか…って。
この時、僕は最後まで頑なに認めようとしなかった目の前の人が悪魔だという事実を受け入れる他に選択肢が無くなってしまったんだ。
これは現実、この数字も話も嘘や幻なんかじゃない、僕達の身に近い将来起ころうとしている事の余兆なんだ。
一点を見つめているはずなのに視線が震えるように泳ぐ、その隠せない動揺を見て楽しむかのようにまた鼻で笑う声が軽々しく耳に響いた。
「手ェ出せ」
「はぇ…っ;」
「触ってみろ」
挨拶するように手を上げながら合わせろと視線を送る様子に
僕は液晶タブレットを床に置いて恐る恐る手の平を相手の手の平に近づけて重ねてみた。
「…な…っ、なんで…っ;!?!?」
しかし、それが重なり合わさることは無く、僕の手は相手の手をすり抜けて空を掻いた。
姿形はあるのに冷たくも温かくもない、そこには本当に何もなかった。
これでいよいよ僕の退路は断たれてしまった…目の前の人は人間ではないんだ。
僕のリアクションを満足そうに意地悪く笑いながら手を下げたので僕も感覚を確かめる暇も無く手を引っ込めて
自分の両手を摩り合わせると、体温の感覚に少しだけ冷静さが戻ってきたらしかった。
こうなってしまった以上、どうすべきか迷っているだけ無駄だ。
推理アクションアニメさながら、もっと相手を知るべきだと思い直し、今度は僕から質問をぶつけてみることにした。
「あなたが、その、悪魔だって事は信じます、そのお仕事の内容も…。
でも、どうして僕と荒北さんだったんですか…さっき『男性同士カップルの人口増加に伴う』って
いってたと思うんですけど、それならいくらでも他に候補はいたって事ですよね…?」
「へぇ…やっとマトモな質問らしいのがキたじゃねぇーの…//」
そういうと下げた手を指に変えて床の液晶タブレットを指したので、
僕は両手で持ち直すと再び画面が動き出し、そこには立体的な世界地図が映し出された。
「今回はいわば試験期間つーヤツで本格化するかは今回の結果次第なんだと、
アジアから南アメリカまでザバっと大きく系統分けした全世界14組28人が調査対象だ。
日本ではお前等とあと1組が選ばれてるが、これは別の奴が管轄してるから俺は知らねぇー。
選ばれた理由はランダム、担当するヤツもランダムに抽選されたとか、ふざけ吐かした辞令だったゼ…」
「でも、そういうのって…いるかどうかわかりませんけど普通は天使の仕事じゃないんですか;?」
「人事不足だっつただろーが…たしかにテメェーの言う通り天使もいるぜ、ド派手でキラキラしたおめでたい連中がヨォ。
しかし天界つか俗にいう『あの世』は奴等だけのモンじゃ無ぇ、オレのような悪魔も機関に所属してんだ。
悪魔にも二通りあって、ノラやってる奴と仕事を持っている奴がいる、オレは後者。
上にいくに従って面白半分とかイタズラで命を奪ったりするヤツは先ず居ねぇーよ、
天使と悪魔半々に公平に分配、判断し、命の期限を決めてんだ、均衡を崩さねぇーようにな」
意外にも僕の質問に真面目に答えてくれた事で話に信憑性を感じる。
矛盾のない納得した内容に首を縦に振ってみせると相手も頷いてくれた。
確かに僕には不安がある、このままでいいのか、それともいけないのか、いや駄目に決まってる。
いずれははっきりと聞かなければいけない理由があるのだ、それを曖昧のままにするなって
こうしてわざわざ言いに来てくれたようなものじゃないか…多少デンジャラスでハイリスクな内容ではあるけれどさ…。
「わかりました、僕、その試練を受けます。」
「へぇー…急にやる気になったみたいじゃん、
やっても放っておいても自分は助かるんだゼ、んならヤる価値テメーには無いだろ?」
意地悪く、悪魔は微笑むけれど僕の決心は固まっていた。
どのみち何とかしなければ荒北さんはこの瓜二つの顔をした悪魔に魂を食べられてしまう…
それだけは何としても避けなければいけない、それが出来るのは僕しかいないんだ。
「僕の心があなたには読めるんでしょ…だったら決心が固い事だって分かると思います」
はっきりと僕が答えると、目の前に座る意地悪な微笑みが高らかな笑いに変わってみせた。
その顔は面白いと言わんばかりで僕を見ていたけれど、ひと通り笑い終えた後に
僕の膝にあった液晶タブレットを掴んで操作し始めながら話始めた。
「テメェーの度胸気に入ったゼ、腹が決まったんなら本格的に契約と行こうじゃねーか。
オレが渡した名刺持ってんだろ、出せ」
そういえばクシャクシャだけど貰った事を思い出し、何処に入れただろうとカバンを探していると
上着のポケットだと言われて手を入れると自分なりにシワを伸ばした後のみられる名刺が出てきた。
それを手に再び正面へと座ると、すっかりと準備の出来た様子で目の前には液晶タブレットが置かれていた。
見れば注意事項らしい文章が幾つか書かれているのが分かった。
「細かい契約内容合わせると100以上もあンだが無駄は省略すんゼ。
コレだけ覚えてりゃ後は別にどーでもイイ、ただし破ったらその場で期間終了だと考えとけ」
相手の言葉に僕は息を呑んで大きく頷いて答えると三本の指が目の前に掲げられ、言葉が続いた。
「1:第三者の誰かに話す、当然アラキタ・ヤストモ本人にもダメだ。
2:自分が身代わりになる、つまり自殺は認められない。
3:途中辞退は無ェ、どんな結果になろうが最後まで見届けろ。
如何にも甘チャンのテメーに守れンのかねぇ~?」
薄笑う声にも動じることなく、またしっかりと頷いてみせる。
すると相手は二本下ろし、一本を液晶タブレットへと指差し下ろした。
「ンならその名刺をコイツの上に置きな、それが契約印だ。
昔は血印だったっつーのに現代は面白みがねぇーよなァー」
「あの、契約をする前に僕からも一つだけお願いがあるんですが…」
言葉を遮るように僕が願いを言いでると、相手の顔付きが少しだけ曇ったのがわかった。
僕は名刺を持たない空いた方の手を上げて小指を差し出しながら要求を述べる。
「名前で呼んでください、それだけで良いです…//
僕もあなたを名前で呼びますから…そうじゃないとこれからの数ヶ月間困りそうで…//;」
「名前…フン、オレは別に困らねぇーが…イイぜ、一方的な契約より張合いがあンだろ。
だがオレには名前が無ぇーぞ、何て呼ぶつもりだ?」
小指を差し出しながらの質問に、僕は少し考えたけれど
やっぱり名前はひとつしか浮かばなかった。
「荒北さん…だと、ややこしくなりそうなのでヤストモさんと呼んでも良いですか?」
「…あぁ、それで構わねぇーよ、サカミチ。」
どうやら気に入ってもらえたらしく、悪魔のヤストモさんも僕を名前で呼んでくれた。
僕も初めて呼んだ名前だったけど、荒北さんにも下の名前で呼ばれた事が無かったから
耳にはどちらもとても新鮮に聞こえて仕方なかった。
「オレを退屈させンなよォ、サカミチ」
「ハイ、宜しくお願いします、ヤストモさん…//」
名刺を液晶パッドに翳しながら小指を結んだ二重契約のもと、
僕の運命が大きく動き出した瞬間だった。
~ 3 へ 続く ~
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