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5月12日 巻坂長編その2UP。
~ 約束 ~
眩しい橙色の夕暮れ、真っ直ぐに伸びた黒い影、浮かぶのはニヒルな悪魔の微笑み。
それは確かに観ていた光景だったと分かるのに、次に気が付くと僕は自分の部屋に倒れていた。
なんらいつもと変わらない趣味に溢れた自分の部屋を見ても、今の僕の頭は上手く働いてくれなかった。
「…ぅ……~……ー…;」
ちょっとだけ痛む頭に唸って固い床へ顔を伏せ思いっきり息を吐きかける。
嗅ぎ慣れた自分の部屋の匂いは気分が落ち着く…間違いなく、ここは僕の部屋だ。
顔を横にずらして隙間数センチの空間には愛して止まないアニメグッツやポスターが見えるし
キレイに並べたガシャポンフィギュアも今朝のままで変わらない…そっと今度はゆっくりと溜息をついた。
(でも一体、あれは何だったんだろう…すごくリアルだったんだよなぁ…)
どうやって帰ってきたのかも分からないのに、夕暮れに出会った顔と声は覚えていて
話された内容も耳にしっかり残っている、けど、言っている意味が理解出来ない。
何かとんでもない事を伝えられたけど、それだって現実的じゃない話だったし…
あの人が自分を悪魔だと言っていた話だって僕には信じられないよ。
「ダメだ…全然分からない…;」
ズキっと顳かみが痛み、微かに開いていた両目をギュっと瞑って顔を伏せた。
未だに頭の中は混乱していて、全てを纏めることは今の状態では無理なようだ。
「よし、忘れよう…!うん、そうしよう…!!」
結論、僕は起きながらに夢をみていたんだよ、そうだよきっと、これは全部夢。
…そうじゃ無ければこんなハチャメチャな話なんか有るはずがない。
白昼夢って言葉があるくらいだし、生きていれば不思議な事にだって出くわす事だってあるよね。
一人で頷いて漸く床から身体を起こした時、遠くで呼ぶ声が耳に入ってきた。
『さかみちー、さかみち帰ってきてるのー?晩ご飯よー』
「あ、はーい!今いくよーー!!」
夕食を知らせる母さんの声に返事をして床から立ち上がった。
一瞬クラっとした頭もさっきに比べてば痛くないし大丈夫そうだ。
大きく身体を伸ばしながらの深呼吸を一つして着ていたままの上着を脱ぎ、
ドアノブへ手を掛けると僕は勢いをつけて部屋から出たんだ。
それからは何事も無く夕食の時間をむかえ、今日出掛けてきた話なんかをしながら手作りの美味しい御飯を食べた。
明日も朝練の約束を鳴子君としているし、深夜アニメの録画もバッチリだ。
そうだ、寝る前に今日買ってきた雑誌でも読もう、春アニメのチェックして、
関連グッズにも目を通して…またヒメの新作フィギュア情報もあるかもしれない。
荒北さんが選んでくれたロード雑誌も楽しみだし、読んでて夜更ししないように気を付けないとなぁ…//;
お風呂上がりの楽しみでもあるアイスを片手に部屋へと向かう僕の頭には夕方の考え事なんてすっかり薄くなっていて
楽しい悩みに表情を緩ませながら自分の部屋のドアノブに手を掛けてゆっくりと押し開いた…すると…。
カサッ… カサッ…
開いたドアの数センチの隙間から微かに聴こえる軽くて乾いた音。
なんだろ…と、僕が疑問に思うより早く視界に映ったのは真っ黒な広い背中、いいや背中だけじゃない。
上から下まで全身を黒で統一したサラリーマン姿の人が堂々と背を向けて横たわっている姿だった。
「このフィギュア乳デカ過ぎんだろォー…怖ェーよ、ったく…」
「……………」
…ガチャン、僕は迷わずに開いたドアを閉めた。
お風呂場にメガネを忘れてきたんだっけ…と、目元を確かめるとちゃんとメガネは掛けていた。
余程疲れているのかもと一度メガネを外して目を擦り、しっかりと掛け直して再びドアを開いた。
すると、やはり幻だったらしく今し方まで横たわっていた背中は消えていて音も聞こえない。
「ハァ……良かったぁー…見間違いか//;」
ガチャリとしっかりドアを閉める音を耳に聞き、
やっぱり気のせいかと安心しきって一歩部屋を進んだ時だった。
「オッセーんだよ、チビ」
背後から聴こえる声に無意識に振り返ってしまった僕がバカだった。
そこにはさっき見た全身黒ずくめの、あの夕暮れにみた荒北さんそっくりの顔が
めちゃくちゃ怖い顔で僕を睨みつけているのが視界いっぱいに映って見えたんだ。
「ぎゃあああああああーーーーーっっっ!!!!;;;!」
『さかみち五月蝿いわよぉー!夜なんだから静かにしなさーーい!!』
目の前に映る光景と叫んだ声がグワングワンと視界と鼓膜に反響しているせいで、
この時の母さんの叱る声はほんの微かにも僕の耳には届かなかった。
…………………
それから暫く…漸く僕は落ち着き、事態を理解し呑み込み始めていた。
現実的でない、そうだ全部夢だと忘れることにした夕方の自分は何処へやら…
だって仕方無いじゃないか、今こうして目の前にその人物は堂々と居座ってみせているんだから。
「…………;」
もう黙ってしまってどのくらい経ったかな…とても気まずいけど、なんて話掛けていいのかわからない。
正座を崩さず、目の前の人物に視線も合わせられないで彼是と悩む僕とは反対に、相手はなんでも無いように壁に寄りかかり
僕の買ってきた雑誌を無表情で捲りながら、時々思い出したように視線を向けるを繰り返してした。
空気が重い、何をしたわけでも無いのになんだかとても息苦しいし変に心臓が鼓動を早めている。
「ぁ…あの、…あの……っ;」
「んぁ?…なんだよ」
兎に角この状況をなんとかしなければ安心どころか眠る事だって出来ない。
時計を見れば寝ようと予定していた時間は当に過ぎているし、
なにより何故、僕の部屋にこの人がいるのか理由を聞かなければいけないだろう。
勇気を出して声を掛けると、相変わらず雑誌から視線は外さなかったけれど声だけが返ってきた。
「夕方の…人、ですよね…;?
あの、どうして僕の部屋に居るんですか…と、いうか、どうやって入ったんですか;?」
「窓」
「だって鍵掛かってますよっ;」
「通り抜けた」
「…そう、ですか…;」
何を納得しているんだ僕は、そんな事はゲームやアニメでも無い限り有り得ない話だ。
きっと玄関から入ったとして、母さんに気づかれずに僕の部屋に入ったんだ…多分。
「だァーから通り抜けたっつってンだろ、まだオレの話信じてねぇーのか?」
「えっ…あっ、ハイ;??」
「スットボケてんじゃねーよ、テメェー今自分で思ってたじゃねぇーか」
視線も合わせないのに声だけで睨まれている気分だ。
文字通り、僕の心をすっかり見透かしている相手の言葉に背中に電撃でも走ったみたいだった。
それならばもう何も隠す必要は無い、僕はもう一度勇気を出して話掛けようとした時、
軽く雑誌の閉じられる音が静かな部屋に響いた。
「ようやっとハラ決まったか、つかビビリ過ぎなんだよオメェーは」
「そ、それは僕じゃなくたって誰だって怖いハズですよ;!!
自分を悪魔だっていう人が部屋に入ったら普通に居るし、帰ってきた時の記憶は無いし…」
「まぁ当然じゃねぇーの、目の前でお約束通りに気絶しちまったんだから…」
壁から背を離し、胡座を掻きながら僕へと向き直ってみせると右腕を膝に肘ついてニヤリと笑ってみせた。
気絶…どうりで記憶が無いはずだと納得した僕だったけど、じゃあ、まさか…と相手に尋ねてみることにした。
「それじゃ…運んでくれたんですか、僕の家まで…」
「ぶっ倒れたまま何かあったらオレの仕事事態が白紙になっちまうからな…。
上がウルっセーんだよ、途中事故とかあると減点だとか始末書とかメンドクセー…」
「あ、ありがとうございます…!!」
「ハァ?」
あさっての方向に目線をそらしながら理由を説明する姿に僕はお礼と頭を下げた。
すると此方に向けられる視線の気配にそっと頭をあげると、眉を寄せた困惑顔が目に映った。
「なんでお前が礼言うンだ」
「いや、なんとなく…どんな理由があるにしても助けてもらったわけですし…//」
僕の答えにますます顔は悩んだものに変わってしまったけれど、
おかげで少しだけこの目の前の人が怖いという感覚が薄らいだみたいだった。
相手もそれを感じ取ったらしく、大きく息を吐いて両手を顎下で組んで視線を見据えてみせた。
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