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5月12日 巻坂長編その2UP。
~ 1 黄昏に伸びる影 ~
冬休みも終わり、僕の凝縮されたとても濃い一年間も残り僅かとなったある日。
当たり前のように普通の学校生活が過ぎる中でも、進路や就職活動に追われる先輩方が
自宅学習となっても慌ただしく学校に出入りしているのを見かける。
部活の先輩である金城さんは大学進学、田所さんは御実家のパン屋さんに就職、
巻島さんは留学したイギリスでひと足早く大学生活を送っている。
僕はといえば部活に励む毎日で、今泉君や鳴子君と自主連したり
いつもの秋葉原散策から少し外れて大きな本屋さんに寄ってロードの本を購入してみたりと
自転車と趣味を上手く両立出来ていると思うと同時に、新しいものに触れる楽しみを実感していた。
「ンなに雑誌買って重くねぇーの小野田チャン」
「大丈夫ですよ、結構平気です!」
それは、なんでも無い…強いて言うならば
とても暖かい日曜日の帰り道での出来事だった。
僕の手にした紙袋にはロード関係の雑誌2冊とアニメ雑誌数冊、
重くないのかと細い瞳で視線を向けながら僕に気遣って声をかけてくれるのは
今日一日あちこちと僕の買い物に付き合ってくれた荒北さんだった。
「大体さァ、わざわざ買わなくてもオレの貸してやるって言ったじゃん?」
「嬉しいですけど、じっくり読みたいし借りっ放しは悪い気がして//;
それに折角、荒北さんと出掛けたんだから選ぶの手伝ってももらいたかったんです。」
「ンな気にする事無ェーのに…つか荷物貸せ」
一見には近寄り難く、口調も慣れなければ結構怖く聞こえるから
周囲から見ればケンカしているようにだって見えてしまう可能性もある。
今も僕の手から紙袋を拐い、しっかりと自分の手に持ち直しているけれど
荒北さんだって自分の荷物があるし僕は大丈夫だって帰りの電車の中で言ったハズなんだけどな。
「やっぱ重いじゃねぇーの、小野田チャンの手ェ赤くなっちまってるし」
「いやいや!こんなの全然慣れっこですよ!フィギュアとか画集とかDVDBOXに比べれば!!」
慌てて拐われた荷物に手を伸ばす僕を見透かしたように荒北さんは軽々と身をかわしてみせる。
この身長差がネックだ、どうやったって僕には届かない位置まで持ち手を挙げられては敵わない。
それこそ、飛んでも跳ねても無理なのだ。
「ウッセッ…!!つか遠慮してンなら怒んぞ、オレ達付き合ってンのに」
「あっ、荒北さん声が大きいですって…っ//;!!!!」
思わず周囲に人がいないか慌てて確認する僕にも全く構わず
スタスタを歩き続ける後を追いかけて横隣に並ぶと、
荒北さんは口元を歪ませて視線はそっぽを向いていた…怒らせちゃったかな…;
それならば僕が荒北さんに荷物を持つというのはどうだろうかと考えつき、
届きそうな位置にある荷物に手を伸ばすと、鋭い視線が僕を見下ろしたので思わず手が止まってしまった。
「あぁ?何」
「いい、いえ…その、荷物ありがとうございます…//」
「ん」
こんなやり取りからは信じられないかも知れないけれど、
荒北さんの言う通り僕達はお付き合いしていたりもします。
きっかけらしいものは何かと言われると今思い出しても少し照れるけれどしっかり覚えていて、
インターハイ後に連絡先を交換して会うようになったんだ。
学校も違うし住んでいる場所も離れているけれど、こうやって時間を見つけては
遊びに連れ出してくれたり一緒にロードツーリングしてくれている。
今まで知らなかった世界がどんどん広がっていくようで荒北さんといるのがとっても楽しい、
それは自転車を始めた頃と同じように胸はワクワクしていた。
『ンなら、オレと付き合え小野田チャン、返事はぁ?』
何度目かになる遊びからの帰り道に怒られるだろうなと覚悟しながら僕の感謝を伝えると
返ってきた答えは中々に衝撃的なもので、この時は荒北さんの勢いに
その場で返事をしてしまったけれど、いわゆる人生初の告白を受けたんだと家に帰ってから気が付いた。
初めてはそれこそ実感は無くて、友達関係の延長線のように感じていたけれど
電話だったり、出掛けたりを繰り返しているうちに一緒にいる事が当たり前のような気さえするくらい自然なものに変化していった。
と、同時に浮かんだ疑問もあって、なんで僕だったんだろう…と時折不安が顔を覗かせる。
周りには沢山、男の僕じゃなくても素敵な人は沢山いたハズだ…けど、その答えを僕は未だに聞けないままでいた。
「小野田チャン、いつから春休み?」
「はひっ…あ、あの、今月の終わりから二週間くらいですっ…」
「フーン……部活は?」
「春休み中は自主連で本格始動するのは始業式の後だって手嶋さんが…」
「あっそ…」
回想に浸っている真下、急に話しかけたれた僕がビックリしつつも答えると
荒北さんは何か考えたような表情でブツブツと独り言を繰り返していた。
内容が聞き取れなかったけれど、やがて家の近所の交差点が視界に映り始めると
少しだけ心が沈む瞬間が訪れる、この交差点は僕達の解散場所だからだ。
「今日はありがとうございました、楽しかったです、とっても//!」
「いつもと変わんねぇー事しかしてねぇーじゃん、
ま、小野田チャンが楽しかったなら構わねぇーケド」
手にしていた僕の荷物を差し出し返してくれたので、僕はお礼を言いつつ
しっかりと受け取って持ち手を握ると未だ荒北さんの手の熱が残っているのが分かった。
漸く解放された片手をポケットに入れ、探り当てた携帯電話を取り出すと荒北さんは画面を開いて話し始めた。
「次の日曜も…って、言いてぇーンだけど、
オレこの春から大学だから引越しやら手続きやらで来れそうにねぇーなァ…メンドくせー…」
「あ、そういえばアパートに引っ越すんですよね」
「あぁ、もう見っけてあンだけどなー…」
視線を携帯電話に向けたまま何かを確認しているみたいだったけど、
言葉が続く前に聞こえたのは不機嫌な舌打ちだった。
「チィッ…やっぱ来てねぇ、早けりゃ今日だって言ってたじゃねぇーか、バァーカ」
どうやら確認したかった内容は届いていなかったらしく、
そのまま音を立てて携帯を折り畳みポケットに戻した。
「荒北さん?」
「悪ィーな小野田チャン、今日はこれで帰るわ、落ち着いたら連絡すっから、ンじゃ」
「あ、ハイ、お気を付けて…!」
そう言うと、荒北さんは背を向けて帰り道を歩き始めた。
僕はそう思いながら荒北さんの帰る背中を暫く見つめていたけれど
信号を渡り、姿が完全に見えなくなった事を確認して自分の家へと向かって歩き始めた。
「何があったんだろう…」
緩やかな坂になっている帰り道、別れ際に見せた荒北さんの顔が頭に浮かぶ。
一つ不安な事が浮かぶと、それは次々とやってくるもので
僕が何かしたわけじゃないのは分かっているけれど、
けど、もしかして…なんてマイナスに考えてしまうのは仕方の無い事だと思う。
春から僕は高校二年に進級、荒北さんは高校を卒業して大学進学、
持ち上がりの僕と違って新しい環境に変わることは何かと気持ちも忙しいし、やらなければいけない事も沢山ある。
イライラだってするよね、それに連絡するといってくれたし…
荒北さんは強い人だから大丈夫、僕は連絡を待とう。
上手く自分の気持ちを前向きに戻した僕が、
よし、と残り少なくなった帰り道に頷いた…その時だった。
「テメェーが小野田坂道、だな」
「え、はい…?」
すぐ近くで僕の名前を呼ぶ声が聞こえ、足を止めて顔を上げると
ちょうど夕暮れどきで目の前には沈む太陽が視界いっぱいに飛び込んできた。
眩しい…手で傘を作って前方に視線を上げながら僕は声に答えた。
「誰、ですか…?」
西日に反射してはいるけれど、そこには確かに誰かが立っているのが微かに分かった。
全体は反射で黒い影になってしまっているから顔は良く見えないけれど、
かわりに、僕の近くまで伸びた影が人の動きをしてみせている。
「ぇー眼鏡でチビ、細っこくて童顔、趣味はアニメでアキバ通い、ハァ!まんまデーター通りだぜ」
一人で話す声と一緒に伸びる影が動いては話を続ける。
でも、この声に覚えはあって…それこそ今さっきまで聴いていた声に似てるんだけどな…
確かめる為に僕は止めていた足を進ませ、ゆっくりとその声へと近付いていった。
「さっさと来いつーの、オレだって暇じゃーねーんだ、このチビ!」
「す、スイマセン!!;」
なんで僕、謝ってるんだろう;でも相手を怒らせるのは良くない。
実際に声の雰囲気を聞く限りではイライラしているみたいだし、と、足を早めて駆け寄る。
漸く目の前までやってきた僕が顔を上げると、そこには思った通りの人物の顔があった。
「え、あ、あらきた…さん?;」
黒のショートヘアー、細い目元に結んだ口、間違いなく顔はさっき背中を見送ったハズの荒北さんだった。
でも、どうしてか服装がまるで違う、ネクタイ以外は全身真っ黒のスーツになっている。
それに雰囲気も…怖いっていうより重くて冷たい、口では上手く言い表せないけれど
今まで感じたことのない感覚が背筋を駆け登っていく思いがするのは何でなんだろう…;?
隅々まで目を配り、確かめようとする僕を荒北さん…らしい人は黙ってじっと睨んでいた。
「何か忘れ物でもあったんですか、もしかして僕の荷物の中に紛れ混んじゃっているとか…;」
「ハァ?バァーカ、ちげぇーし、オレは仕事だっつーんだよ」
「あわわスイマセン!;」
また謝ってしまった、だって物凄く怖いんだもの;
更に頭の中は混乱し始めていて、怒られつつも理解しようと観察を続ける。
目の前にいる人は荒北さんなのか、それとも全く別のそっくりな誰かなのか、
…でも、ここまでそっくりな人って世の中にいるんだろうか?声だって背格好だって…
まさか、これがドッペルゲンガーってヤツ!?…巡る僕の妄想は留まることを知らなかった。
「あーもうメンドクセェーが一応言っとくと、オレはお前がさっきから呼んでるアラキタってやつじゃねーぞ。
それに人間でも無ェーし、ドッペルゲンガーなんてちゃっちぃー部類でもねぇーよ」
「…!?」
「仕事の事情で下界に出てきた悪魔っつーヤツ、オラ、名刺!」
相手の言葉に僕は驚きのあまりに言葉を失ったばかりか悩む頭は一気に大混乱へと発展していった。
投げてよこされた名刺…と呼べるか怪しい程しわくちゃになった小さなカードを広げると
【 あの世連合・寿命管理二部門所属 悪魔】…と、書いてはあったけれど状況はさっぱり飲み込めないままだ。
「あああの僕、〇EATH NOTEとか拾ってませんけどっ!!!;;;」
「ああ?ンだよ、それ」
「じゃ、じゃあ、まさかこの辺りにホ〇ウが出現したとかっっ!!??」
「イミ分かんねぇーよ」
相手の言葉の中に隙を垣間見ようと僕は試みた。
そうだ、これは手の込んだイタズラか何か悪いものでも食べてしまったんだろう。
或いは僕が見送った後に事故にでもあったんですよね、多分、きっと、そうに違いない。
某アニメが脳内で再生される中でも僕は必死に考えたけれど、
瞳は真剣そのもので冗談を言っている雰囲気は微塵も感じられなかった。
証拠に、自分を悪魔と名乗る荒北さんは微動だにもせず相変わらず僕を睨んでいるばかりだった。
「…それじゃ、もし…もしですよ、その…あなたが荒北さんそっくりの悪魔だとして
何故、僕の目の前に現れたんですか…と、いうか、本当に荒北さんじゃ無いんですか;?」
「しつけぇーんだよ、話進まねぇーだろ!?
そのアラキタ・ヤストモって奴にも関係ある話だから黙って聞け!」
「ヒィっ…;!!」
一喝する相手の言葉にたまらず僕の両肩が震え跳ねた。
怖い、今までのやりとりの中で一番怖い声に僕が口を閉じると、
相手は胸元から液晶タブレットを取り出して僕に掲げてみせた。
画面には特大の数字で一秒、一秒と減っていくデジタル数字が映っていて
何かをカウントしているみたいだったけれど、理由は直ぐに分かったんだ。
「オレの仕事は名刺にも書いてある通り、寿命の管理が主だ。
でも今回は特務っつってメンドクセー現場に出るハメになってヨォ…クソが、本題に入ンぞ。
お前、オノダ・サカミチ並びに、相手、アラキタ・ヤストモが今日から三ヶ月のうちに
今以上の関係進展が見られねぇー場合、方法は任せるから判決を下してこいってンだ。
コイツはお前らの残り時間な、既に15分は経過しちまってるぜぇ」
「残り時間っ?は、判決っ…ですか;」
「あぁ」
これは、何が一体どういうことなんだろうか…相手の言葉が一ミリも理解出来ない。
自分を悪魔だという荒北さんのそっくりさん、目の前に掲げられたカウントダウンのデジタル数字。
でも、これが本当の事だとしたならば、僕と荒北さんに一体何が起こるんだろうか…
有り得ない話だけれど、もしもってことがある、僕の脳裏に不安が過った。
「判決って…ケンカする…とかですか…?」
「いや」
「ま、まさか荒北さんと別れる…とか、ですか;!?」
僕の質問に相手は眉を顰めて首を振りながら胸元にタブレットを終うと
此方に向かって一歩ずつ進んで近付いてきた。
その足音は耳によく響いていて、何か良くないものが迫っている思いがした。
「ンな、生易しいモンじゃねーよ…甘チャン過ぎんだろ;
オレは悪魔だぜ、方法は任せるって言われてんだから一つしかねぇーだろ。」
「な、なんですか…その、方法って…」
やがて足は一歩の距離を空けて立ち止まり、じっと姿を見下ろしたかと思えば、
ゆっくりと顔を近づけるように身体が僕の方へと傾けられ、そっと口が言葉を吐いたんだ。
「アラキタ・ヤストモの魂をカッ喰らわせてもらうンだよォ…//」
目の前にいる、僕の大好きな人とそっくりな顔は
寸分狂わない同じ顔でニヤリと薄く微笑んでみせる。
それは正に、今にも沈む夕日に恍惚を浮かべた不気味な悪魔の微笑みだった。
~ 2 へ 続く ~
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