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5月12日 巻坂長編その2UP。
たりない たりない 何かが足らない。
たりない たりない 何が足りない?
【ブランケット・シンドローム】
「…っと…」
ポケットから小銭を出そうとした右手が上手く動かずにもたついた。
チャリン、チャリンと金属音を音を立ててタイルの床に落ちる様を
俺は慌てもせずに眺めていると、そのまま床に落ちた100円玉一枚と
跳ね返って音を立て続ける10円玉数枚…多くの生徒が往来する昼休みの購買部付近
足音や話声だって耳に煩いくらいの中でどうして小銭が落ちる音ってのはこんなにも耳に鳴るんだろうか。
「…ヤレヤレ、っショ…」
散蒔いたままってわけにもいかないので、身体を屈ませ拾い上げようとした時
あと数センチで届く指がピタリと止まった。
(冷たいな…)
その場で手を開いたり閉じたりして感覚を確かめてみたが冷たい以外別にはなんともない。
一瞬、風邪でも引いたかと思ったが今のところ体調はどこも悪くは無いし管理だって怠っているとは思えない。
だってのに…なんでこんなに指先が冷たいんだろうか。
変に思いつつも、床に暫くほったらかした小銭を拾い上げて目の前の自販機へと投入した。
(風邪の引き始めかねぇー…季節の変わり目だし気を付けねぇーとな…)
「あ…」
考え事をしながらだったので自分がどのボタンを押したのかにも気が付かなかった。
ゴトン、と取り出し口に落ちる音、時既に遅し…目の前のラベルは赤だ。
予定では冷たいカフェオレだったショ…俺の口の中はすっかりカフェオレを想像していたのに…;
手を入れて取り出してみると、それは間違いなくホットのブラックコーヒー、予定外だ。
冷えた指先にじんわりと熱を伝える缶コーヒーを握りながら何やってんだと自分に溜息を投げかけた。
なんか、今日は変だ…感覚がヘンつーか、本調子じゃない。
そう感じつつも俺は覚えた違和感を缶コーヒーと一緒にポケットに突っ込み足早に教室へと戻った。
多分一時的なものショ、そう思いながら…。
その日の放課後は用事で部室に来るのが遅くなっちまった。
ドアを開けると既に今泉と鳴子の姿があり、
挨拶を軽く交わし自分のロッカーへと向かう数歩の間に、ふと違和感を覚えた。
「今日、小野田はどうしたショ?」
小さいヤツがもう一人いない、いつもは一番に駆け寄って挨拶してくる元気な声が聞こえない。
補習か遅刻かと考えながら制服のボタンに手を掛けた頃、背後でロッカーの閉まる音と共に
鳴子の声が聞こえてきた。
「小野田君なら風邪で学校欠席ですわー。
昨日も部活欠席でしたしタチ悪く拗らせたのかもしれませんねー」
「休み?…だから今朝見かけなかったのか…」
続いて今泉も相槌を打つように答え、ロッカーの閉まる音が後に続いた。
そういやぁ昨日も部室来たと思ったら帰ったって後から聞いたんだったな…
体調崩したなら仕方ないか。
「そうか、お前らも気をつけるショ」
『うーす』
重なる声に暫しの無言、またやってるショ…//;
苦笑いを浮かべながらスルリと音を立ててネクタイを外し、
ロッカーに入れようとした時、また、指が自然と止まってみせた。
(冷たい…)
昼間と同じで、それより鮮明に分かる指先の冷たさ。
教室に戻ってからも部室に来る前も平気だったしネクタイを掴んだ感覚はあったってのに…なんなんだ。
また同じように握って開いてを繰り返して確かめるが冷たい以外に違和感は感じない。
俺は確かに低血圧だ、寝起きもイイほうじゃ無い。
自分では気が付かないが、やっぱり体調が何処かオカシイのだろうか。
「…んなワケ、ないショ…」
「なんです、巻島さん?」
「えっ…」
名前を呼ばれて振り返ると、此方に視線を向ける鳴子と今泉の顔が見えた。
一瞬、ほんの刹那だけ指先に温度が戻ったようにも思えたがそれも直ぐに消えてしまい、
なんでも無いと首を振って答えた俺は一人遅れた着替えを済ませて一番最後に部室を後にした。
その日の部活も何事も無く終了し、金城からの体調管理には気をつけろとの諸注意を耳に留めて帰宅の途についた。
飯食って、風呂に入って、寝る前の軽いストレッチして…
ひと通りの日課を済ませてベッドに入り、室内の照明を落として目を閉じる。
具合の良い場所を探して寝返りを打って暫く…そっと閉じたばかりの目を薄く開いた。
(…やっぱりそうか)
薄闇の中で見える自分の右手を何気なしに見つめながら、
今日何度目かになる感覚を確かめる為にギュっと握ってはゆっくりと開いて、シーツを掴んでは放して…
爪の食い込む感覚、指同士が隣り合わせている皮膚の感覚…だが足りない、
この手に感じる温度が足りないんだと俺は深い息を吐いた。
「坂道か…」
体質や体調のどうこうでは無くもっと別の何かが働いている結果だ…。
何気無く触るのはいつも右手、指差しから手の平で小さな肩や頭に触れると、そこだけ特別な熱を持つ。
声を聞いて名前を呼ばれて答える声に無条件の嬉しさを覚え、
自分以外の熱をくれる小さな後輩の存在を俺は日々の中で確かめていたんだ、と。
「早く顔見せろショ、じゃなきゃ俺が凍えそうだ」
不安を晴らせ、熱をくれよと唱えるように呼んだ名前は、
一人静かな空間を漂いながら馴染むように溶けてみせた。
冷たいままの右手を握り、少しでも相手の感覚を思い出そうと俺は再び目を閉じて眠りにつくことにした。
…………
翌朝は快晴、澄んだ青空の下で俺は何時もより早く登校するこのにした。
昨日叶わなかった冷たいカフェオレを通り道で買い、寝たんだか半分起きていたんだか分からない
揺れる頭を抱えて学校の校門を潜ると、後ろからそりゃー元気な挨拶をする声が両耳に響いた。
「おはようございます!巻島さん//」
声の後に直ぐ隣に並んでみせた低い身長を見やれば
走って追いかけてきたのか頬を赤くした坂道の姿があった。
どうやら回復はしたらしいと、外見判断に俺は取り敢えず安堵した。
「よぉ、おはようさん…、風邪っぴきが走って平気なのか?」
「ハイ、すっかり良くなりました//
スイマセン、部活二日も休んでしまって…でも、今日からまた頑張ります//!」
俯きがちでも顔は笑顔だろう、声で分かるショ。
眠かった筈の頭は幾分か起き始め、視界も霞むが悪くは無い。
腕を伸ばしてポンッと軽く肩に触れれば此方を向く大きな瞳。
応えるように横目で視線を向けて、俺はその手に少しだけ力を込める。
「クハッ…初っ端から飛ばすなよ、じっくり焦らず行こうゼ、坂道」
そっと触れた右手には欲しがっていた温度が確かに戻っていた。
たりない たりない 何が足りない?
たりない たりない 君が足らない。
【END】
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久しぶりの巻坂短編です。
ペダステレポを読みまして、もう、いてもたってもいられなくなってしまいました(´▽`)
この二人を幸せにしていると私も本当に幸せな気持ちになれる不思議さ…//
末永く見守っていきたく思います(保護者か)
まだ皆の前では小野田、自分と二人の時には坂道と呼ぶ
まだ初々しい巻島さんが好きなL仔でした(o・・o)/
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