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5月12日 巻坂長編その2UP。
ピシッ、ピシッ。室内の何処からとも無く聞こえた音に、なんだろうかと顔を上げてみると、首元が同じような音を鳴らしてみせた。急に走った鈍い痛みに手を置いて、具合を確かめてみると自分で思っている以上に疲労が蓄積した肩は凝り固まっていて、そろそろ休憩し時かと、オレは掛けていた眼鏡を外し、テーブルの上へ畳み置いた。人間不思議なもので、集中していたときにはさして気づきもしないのに、それが切れてしまうとあちこちに症状を感じ始める。今度は目だ、長いこと発光するPC画面を見すぎた為か、両目を閉じると深くジーンとした感覚が襲ってくるではないか。
集中するとどうにも感覚が鈍るな…。
と言うか、今は一体何時くらいなんだ。
疲れ目を閉じながら両腕を上へと伸ばしてやると、腕の関節が鈍く音を鳴らし、収縮していた筋肉や血管が広がり、熱と流れを運んでいくのが感じられる。幾分かはスッキリしただろう…と、静かに息を吐きながらゆっくり目を開けると、ぼやけ霞む室内が見えた。カーテンは閉まっているが、光が漏れていないし、いまだに外は暗いままなのだろう。レポートを始めたのが午後9時頃だったと記憶しているから…と、記憶を遡りながら真向かいの壁に掛けてある時計を読もうとしたが、長時間のパソコン作業に疲労した目ではよく見えず、ならばと視点を下に外して今し方まで向き合っていたノートパソコン端を見ると、デジタル時計は日付を変えた真夜中の午前3時を少し過ぎていた。
「6時間か……っ…ーー…」
もう一度、今度は上半身を伸ばすイメージで腕を引き上げる。すると、軽い間接音が手首から聞こえたのと同じくして、また室内がピシッピシッと音を鳴らしてみせたで、どうやらそれが古い家特有の家鳴りであることがようやく理解できた。外はきっと寒いだろう、眠くならない程度につけた暖房のおかげでそうは思えないが、少し換気しておくか。ちょうど集中力も途切れたところだし、休憩し時だというサインに従い、指でパソコン画面を引っ掛けて閉じてみると、目の前に飛び込んできたのは、こちらに伸ばされた一本の、だらりと力なく上向いている腕だった。なんだ、と更に視線を持ち上げてみれば、そこには静かに寝息をたてている荒北の横顔が、あさっての方向を向いているのが見えた。随分静かだとは思っていたが、いつの間に寝落ちたんだろうか…オレはてっきり別の部屋にいるんだと思っていたが、ここ数時間はPC画面と睨み合っていた為に、記憶の境目も無い。
「あらき…」
こんな所で寝て風邪でも引いたらしんどいだろう。起こすかと、そっと右腕を伸ばしつつ呼びかけようとした言葉が、後一歩のところで留まってみせた。理由はいたって単純、寝顔がとても清々しく、声を掛けるのを悪いと思ってしまったからだ。その周りに視線を広げると、レポート用紙の海と、参考ノート数冊を積み広げられたテーブルは、もはやどこまでが境目なのか分からない程散らかっている有様で、初段階では苦戦を強いられたことが伺える。しかし、仕上げられたノートと冊子になったレポートが端に重ね置かれていることから、一足早くゴールを迎えて眠ってしまった、これが全貌というところだろうか。
「随分と、戦い散らしたらしいな」
格闘する荒北を思い浮かべると、ふっ、と自分の頬が緩んでいくのが分かる。すっかりと冷めてしまった残り少ないコーヒーを一口飲みつつ、静かに眠る荒北の顔を眺めていると、疲れを感じている体とは反対に心は穏やかで安堵しているのは、きっと目の前で寝ている奴のおかげだろう。それは、つい数日前の話、放課後は洋南大学自転車競技部の部室での雑談が始まりだった。着替えを済ませ、オレと荒北、そして待宮の三人でストレッチしながらの話題は、近々迫る大会の話から急遽提出を言い渡された課題へと移り変わっていった。
『金城も荒北もご愁傷さまじゃなぁ~ご苦労さん、ご苦労さん』
『んだよ、教授もちっとは譲歩しろっ!…ていうのもムリな話だけどさァ~…
こんなにキレイに被っちまうのも珍しいよな、ったくヤッテらんね』
会話の通り、待宮はレポート提出が無いらしく、気が楽だと表情は明るめ。
対して、荒北は大会と予定のバッティングしたレポートに愚痴を零していた。
『そう言うな荒北、金城を見てみ~この堂々とした態度。
オマエと条件は同じじゃっちゅうに涼しい顔しとるじゃろ、さすが持ってる男は違うのぉ~エッエッエッ』
『ウッセ!!』
評価してくれる待宮には申し訳ないが、そんな事は決してない。普段ならば、なるべく計画的にことを進めるように心がけているので余裕も幾分かはあるのだが、今回はオレだって結構ギリギリだし、まだ半分も出来上がってはいないぞ、と答えると、何かを閃いたらしい荒北の顔がニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせたのだ。
『んなら丁度いいんじゃん、オレもレポート提出ギリだしさぁー。
ここはバシっと大会勝って、気持ち良く苦痛に取り組もうじゃねぇーの、金城チャン!!』
『お、巻き込み作戦か』
『人聞き悪ィこと言ってんじゃねぇよ、共同戦線だっつーの!』
こうして、ペアを組む荒北の気合の入った宣言通りに、大会は好成績のうちに幕を閉じ、後には、これにも言葉通りに乗り越えなければならない提出課題の攻略に取り組むこととなったのだ。互いの家で課題をすることは特別珍しいことでもなかったが、泊り込みも3日目となると少し不思議な感じがする。場所は金城ん家ね、その方がサボらないから、オレ。との荒北の発言を尊重し、オレの家にて合宿に突入したのが週の半ばの話。日も変わったので今日が合宿最終日の三日目だ。
「~……っ、やはり少しは眠いな…」
微かな寝息と達成感の浮かぶ荒北の穏やかな寝顔に、どうやら眠気がつられ始めたらしい。しかしよく眠っている、寝顔はまるで遊び疲れた子供のようだ…こんな顔も、お前は持っているんだな。洋南に入学してからもうすぐ一年が経とうとしている、まさか入学した洋南大学で荒北と再会した時は驚きもしたが、なにより真っ先に、何か面白いことが起きそうだと根拠もなくオレは直感的に思ったのをよく覚えている。当然のように自転車競技部に入部したオレ達だったが、ペアを組むことになった時、正直、荒北は嫌がると思っていた。箱根学園時代、自分の慕った絶対的エースである福富を引き、幾度となくゴールへと運んだゼッケン二番の運び屋、荒北靖友。彼は間違いなく箱根にとってはなくてはならない存在だったし、メンバー同士の信頼関係も厚い。それが他校の、ゴールを争ったライバル校のエースが誘ったところで突っ跳ねられるだろうと思っていたが、帰ってきた答えは意外にも面白いものだった。
『イイぜぇ、その話乗ってやんよ金城ー。やるからには何処にも負けるつもりないかんね、オレ。
その覚悟があって誘ったんだろ?テメェ、オレの前でクソつまんねー走りしたら承知しねぇぞ、イイなっ!!』
その昔、荒北には拗れていた時代があったと福富から聞いていたが、その時の名残か、はたまた地なのか。傍から聞けば絡まれていると思われても仕方の無い、なんとも威圧と威嚇めいた了承の返事だった。心配するなとオレが頷くと、まるで悪戯好きの子供が成功に見せる無邪気な笑顔に、あぁ、きっと、これだ。入学当初に自分が感じたものは間違いでは無かったんだと理解した。しかし、仮にもし、ここで荒北にペアを断られたとしても、毛頭オレは諦めるつもりが無かったんだとは未だ本人には言って無い。何があっても可能性がある限り諦めない性格だと自負している分、レース以外でも、己が性格は結構ワガママな方に入るんだろうなと、荒北を想うようになってから、それはよりいっそう感じるようになっていた。
「ん…もうこんな時間か…」
暫く回想に浸っていたらしく、ふいと時計に視線を向けると、先程三時だった時間は既に四時に近い。
さて、いい加減に動き出すか…。根の張った椅子から腰を上げ、そっと腕を伸ばして目の前の肩を揺すり起こした。
「荒北起きろ、そんなところで寝ては風邪を引いてしまうぞ。」
強めに揺すってやると、閉じていた瞼がぐっとキツく瞑り直されたので、感覚的には起きたらしい。
しかし眠気の方がまだまだ優っていて、今度は顔を机に突っ伏して肩で大きな呼吸を一つみせた。
起こすのは可哀想だが体調を崩す方が良くは無い、なにより寝るならきちんと横になるべきなのだ。
「…何時…?」
「明け方の四時になる、眠るならベッドを使ってくれ、そのほうが身体も休まる」
「…ダメ、それ悪ィ……お前の寝床とれねぇー……ん…」
オレの言葉は耳に届いているらしく、なんとか起きようと努力をみせる荒北は腕で頭を抱え込みながら身を縮めたり、大きく背中を膨らませる呼吸をして現実に帰ってこようとしている。仕草が随分と可愛いじゃないか、しかし、こちらも手を緩めてやるわけにはいかない。意識が遠退く前に、次の行動に移ってもらわねば、オレも安心してラストスパートをかけられそうにないのだから。
「オレが風呂に入ってくる間だけでも、お前はベッドを使ってくれないか?そこで眠っていられると集中出来そうにないんだ、頼む」
「……わーった…風呂行って…ベッド借りっから…」
力なく挙げられた右手が、フラフラと左右に振られる様に、とりあえず意思は伝えられただろうと見て、オレはテーブル上に置かれた二人分のマグカップを片手に部屋を退出することにした。あまり強引に手をかけるのは、かえって荒北の機嫌を悪くするだろうし、あとは本人に任せることにしよう。小さなシンクになるべく音を立てずマグカップを起き、向かい側の壁についている浴室のスイッチを押した。風呂を溜めることも考えたが、明け方で近所の事を考えると気が引ける。そして必要以上にリラックスしてしまうとうっかり深寝をするだろうし、今はシャワーで我慢しておくとしようと浴室の扉を開いてから暫く…多分15分前後ぐらいだと思う。よく温まった身体で再び部屋へと戻ってくると、そこにはテーブルからソファーに移動しただけで、相変わら荒北はぐずり眠りこけていた。
「お前な…;」
ため息と一緒に零れた言葉に気がついたのか、首が急にコチラを振り向いたが荒北は起き上がる気配も見せない。確かに一度、その場で眠ってしまうと移動するのが面倒になるのは良くわかる。一応、努力はしたようだが、ソファーまで移動するならもう少し頑張ってベッドまで移動しても良かったんじゃないのか。
「荒北、起きろ、起きなければ強硬手段に出るぞ」
「ここでヘーキ…あと少ししたら起きるし…」
言葉の最後に、ほっとけと付け加えられそうなので、あえてそれには気がつかないフリをしようと思う。
相手も都合よく背中を向けてくれたので、この期を逃す手はない。オレは首から掛けていたタオルを椅子に投げると、
屈んでそっと、ソファーと体の間に腕を滑り込ませ、一気に荒北の体を抱き上げてみせた。
「おまっ…バカ下ろせっ…!!」
「ダメだ、一度言って聞かなかったお前が悪い。」
腕の中で暴れる荒北に、適当に相槌を打ちながらひたすら下ろせの連呼も聞き流し、さっさと足を進めて数秒…。
レーポート合宿を始めてから、まともに使っていなかったベッドが、やっとその役割を果たせると待ち構える上にそっと荒北の体を下ろしてやった。
寝起きとは違う、非常に不機嫌な顔で荒北に睨まれたがオレは悪くないだろう。
「何してくれちゃってんだよ、金城ちゃんヨぉ…」
「何って、愚図るお前を抱き抱えてベッドに運んだだけだが?」
「そー…じゃねぇー…っ…は、もうイイわ」
そう吐き捨てると、荒北は半分だけ起こしていた体をベッドに沈め、ギシリと安っぽいスプリング音を跳ねさせた。まったく、可愛げが無いところも可愛い。とにもかくにもこれで安心して残りの課題を仕上げられる、このペースで行けば二時間程度で終わるだろう。その頃には荒北も起きているだろうし、ベッドも空く。休むにはそれで充分だ。何か掛けて寝ろよ、と、ふて寝している背中に言い残し、気持ちを引き締めつつ部屋を出ていこうとしたその時、何か腕に引っかかる感覚に引き止められたんだ。
「オメェーも少し休めよ金城、顔、疲れてんぜ。」
顔だけで振り返ると、風呂上がりに羽織ったパーカーの袖を引っ張りながらこちらをじっと見ている荒北と目があった。
しかし可笑しな事に、先程までの眠そうな顔では無い…そこで、オレは全てを知り、思わず吹き出してしまった。
「フッ…子供か…//」
「バァーカ、こうでもしなきゃお前は休まないじゃん」
「強硬手段に出たのはお前が先、だったというわけか…気を使わせたな、すまない」
「うっせ、ここは謝るとこじゃねぇーよ…。」
「あぁ…言葉が違うな、ありがとう、荒北」
緩む頬を手で擦りながらベッドへと半分腰を下ろすと、すぐさまに膝へと頭を乗せられ、もう身動きが取れなくなった。
強引さにかけては荒北も引けを取らない、いやそれ以上かもしれないな。どこまでも可愛いことをしてくれるお前から、オレはすっかり目が離せないんだ。
「このレポ終わったら、どっか行こうぜ…息抜きに」
「あぁ、そうだな…来週は晴れるらしいから遠出もいいかもな」
「あとさぁー…なんか美味いモン食いてぇんだけど」
「そうだな、それも良いな」
相槌を繰り返しているうちに、目を閉じていたせいか自分もウトウトしかけると、膝の上で動く荒北の頭の感覚にうっすらと起こされる。顔はそっぽを向いているが、落ち着きのある呼吸に揺れる肩、相手も満足のいく結果に納得しているようだった。そっと触れた髪からは、荒北の匂いがふわりと香り、より一層の安らぎを与えられて安堵しているというのに、これで付き合ってはいないのだから、それも一つの形ではあるのだろうが実に奇妙な光景だ。
「きんじょー…」
「なんだ、荒北」
「…やっぱ、なんでも無ぇ」
「そうか」
眠気に緩んでしまったのだろうか、お前が言いかけた言葉は、きっとオレが思っていることと同じだと思う。でも、今はまだ少し待って欲しい…お前もそう思ったから止めたんだろ、荒北。白か、黒かはいずれ見える、ならば今はこの曖昧な関係を楽しんでもいいんじゃないか、それもお前を知る時間の楽しみの一つなのだから。
「荒北、ヨダレ垂らすなよ」
「んぁ、しねぇ…よ、ボケナス…」
やがて明くる東の空、それまで互いに暫しの休息を。
【END】
===========================
金荒二話目でした。L仔でございますヽ(´▽`)/
今回は金城さん視点でお送りしましたが、なんだろう…この方本当に金城さんなんだろうか。口調が怪しすぎる。
どうにもまだつかみきれていない感じになってしまいましたし、関係もはっきりしない曖昧な具合ですが
この灰色な関係がけっこう好きだったりします。歯切れの悪さは全て私の文才が至らない…申し訳ない。
なんでしょうね…洋南メンバーは男臭くて、それでいて悪友で親友で。こんな大学生いたら会ってみたいものだわ(追いかける)
洋南はまだまだ書くつもりでおりますので、もう少しお付き合いくださればと思います、ぶっちゃけEROも書いてみたいんですが
いかんせん脳内妄想が結構荒北さん大変なことになってますので、書くならピクシブには上げず、此方メインで行こうかと計画中。
もっと待宮さんとも絡ませたいなぁ~、そんな感じでL仔でした(o・・o)/
集中するとどうにも感覚が鈍るな…。
と言うか、今は一体何時くらいなんだ。
疲れ目を閉じながら両腕を上へと伸ばしてやると、腕の関節が鈍く音を鳴らし、収縮していた筋肉や血管が広がり、熱と流れを運んでいくのが感じられる。幾分かはスッキリしただろう…と、静かに息を吐きながらゆっくり目を開けると、ぼやけ霞む室内が見えた。カーテンは閉まっているが、光が漏れていないし、いまだに外は暗いままなのだろう。レポートを始めたのが午後9時頃だったと記憶しているから…と、記憶を遡りながら真向かいの壁に掛けてある時計を読もうとしたが、長時間のパソコン作業に疲労した目ではよく見えず、ならばと視点を下に外して今し方まで向き合っていたノートパソコン端を見ると、デジタル時計は日付を変えた真夜中の午前3時を少し過ぎていた。
「6時間か……っ…ーー…」
もう一度、今度は上半身を伸ばすイメージで腕を引き上げる。すると、軽い間接音が手首から聞こえたのと同じくして、また室内がピシッピシッと音を鳴らしてみせたで、どうやらそれが古い家特有の家鳴りであることがようやく理解できた。外はきっと寒いだろう、眠くならない程度につけた暖房のおかげでそうは思えないが、少し換気しておくか。ちょうど集中力も途切れたところだし、休憩し時だというサインに従い、指でパソコン画面を引っ掛けて閉じてみると、目の前に飛び込んできたのは、こちらに伸ばされた一本の、だらりと力なく上向いている腕だった。なんだ、と更に視線を持ち上げてみれば、そこには静かに寝息をたてている荒北の横顔が、あさっての方向を向いているのが見えた。随分静かだとは思っていたが、いつの間に寝落ちたんだろうか…オレはてっきり別の部屋にいるんだと思っていたが、ここ数時間はPC画面と睨み合っていた為に、記憶の境目も無い。
「あらき…」
こんな所で寝て風邪でも引いたらしんどいだろう。起こすかと、そっと右腕を伸ばしつつ呼びかけようとした言葉が、後一歩のところで留まってみせた。理由はいたって単純、寝顔がとても清々しく、声を掛けるのを悪いと思ってしまったからだ。その周りに視線を広げると、レポート用紙の海と、参考ノート数冊を積み広げられたテーブルは、もはやどこまでが境目なのか分からない程散らかっている有様で、初段階では苦戦を強いられたことが伺える。しかし、仕上げられたノートと冊子になったレポートが端に重ね置かれていることから、一足早くゴールを迎えて眠ってしまった、これが全貌というところだろうか。
「随分と、戦い散らしたらしいな」
格闘する荒北を思い浮かべると、ふっ、と自分の頬が緩んでいくのが分かる。すっかりと冷めてしまった残り少ないコーヒーを一口飲みつつ、静かに眠る荒北の顔を眺めていると、疲れを感じている体とは反対に心は穏やかで安堵しているのは、きっと目の前で寝ている奴のおかげだろう。それは、つい数日前の話、放課後は洋南大学自転車競技部の部室での雑談が始まりだった。着替えを済ませ、オレと荒北、そして待宮の三人でストレッチしながらの話題は、近々迫る大会の話から急遽提出を言い渡された課題へと移り変わっていった。
『金城も荒北もご愁傷さまじゃなぁ~ご苦労さん、ご苦労さん』
『んだよ、教授もちっとは譲歩しろっ!…ていうのもムリな話だけどさァ~…
こんなにキレイに被っちまうのも珍しいよな、ったくヤッテらんね』
会話の通り、待宮はレポート提出が無いらしく、気が楽だと表情は明るめ。
対して、荒北は大会と予定のバッティングしたレポートに愚痴を零していた。
『そう言うな荒北、金城を見てみ~この堂々とした態度。
オマエと条件は同じじゃっちゅうに涼しい顔しとるじゃろ、さすが持ってる男は違うのぉ~エッエッエッ』
『ウッセ!!』
評価してくれる待宮には申し訳ないが、そんな事は決してない。普段ならば、なるべく計画的にことを進めるように心がけているので余裕も幾分かはあるのだが、今回はオレだって結構ギリギリだし、まだ半分も出来上がってはいないぞ、と答えると、何かを閃いたらしい荒北の顔がニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせたのだ。
『んなら丁度いいんじゃん、オレもレポート提出ギリだしさぁー。
ここはバシっと大会勝って、気持ち良く苦痛に取り組もうじゃねぇーの、金城チャン!!』
『お、巻き込み作戦か』
『人聞き悪ィこと言ってんじゃねぇよ、共同戦線だっつーの!』
こうして、ペアを組む荒北の気合の入った宣言通りに、大会は好成績のうちに幕を閉じ、後には、これにも言葉通りに乗り越えなければならない提出課題の攻略に取り組むこととなったのだ。互いの家で課題をすることは特別珍しいことでもなかったが、泊り込みも3日目となると少し不思議な感じがする。場所は金城ん家ね、その方がサボらないから、オレ。との荒北の発言を尊重し、オレの家にて合宿に突入したのが週の半ばの話。日も変わったので今日が合宿最終日の三日目だ。
「~……っ、やはり少しは眠いな…」
微かな寝息と達成感の浮かぶ荒北の穏やかな寝顔に、どうやら眠気がつられ始めたらしい。しかしよく眠っている、寝顔はまるで遊び疲れた子供のようだ…こんな顔も、お前は持っているんだな。洋南に入学してからもうすぐ一年が経とうとしている、まさか入学した洋南大学で荒北と再会した時は驚きもしたが、なにより真っ先に、何か面白いことが起きそうだと根拠もなくオレは直感的に思ったのをよく覚えている。当然のように自転車競技部に入部したオレ達だったが、ペアを組むことになった時、正直、荒北は嫌がると思っていた。箱根学園時代、自分の慕った絶対的エースである福富を引き、幾度となくゴールへと運んだゼッケン二番の運び屋、荒北靖友。彼は間違いなく箱根にとってはなくてはならない存在だったし、メンバー同士の信頼関係も厚い。それが他校の、ゴールを争ったライバル校のエースが誘ったところで突っ跳ねられるだろうと思っていたが、帰ってきた答えは意外にも面白いものだった。
『イイぜぇ、その話乗ってやんよ金城ー。やるからには何処にも負けるつもりないかんね、オレ。
その覚悟があって誘ったんだろ?テメェ、オレの前でクソつまんねー走りしたら承知しねぇぞ、イイなっ!!』
その昔、荒北には拗れていた時代があったと福富から聞いていたが、その時の名残か、はたまた地なのか。傍から聞けば絡まれていると思われても仕方の無い、なんとも威圧と威嚇めいた了承の返事だった。心配するなとオレが頷くと、まるで悪戯好きの子供が成功に見せる無邪気な笑顔に、あぁ、きっと、これだ。入学当初に自分が感じたものは間違いでは無かったんだと理解した。しかし、仮にもし、ここで荒北にペアを断られたとしても、毛頭オレは諦めるつもりが無かったんだとは未だ本人には言って無い。何があっても可能性がある限り諦めない性格だと自負している分、レース以外でも、己が性格は結構ワガママな方に入るんだろうなと、荒北を想うようになってから、それはよりいっそう感じるようになっていた。
「ん…もうこんな時間か…」
暫く回想に浸っていたらしく、ふいと時計に視線を向けると、先程三時だった時間は既に四時に近い。
さて、いい加減に動き出すか…。根の張った椅子から腰を上げ、そっと腕を伸ばして目の前の肩を揺すり起こした。
「荒北起きろ、そんなところで寝ては風邪を引いてしまうぞ。」
強めに揺すってやると、閉じていた瞼がぐっとキツく瞑り直されたので、感覚的には起きたらしい。
しかし眠気の方がまだまだ優っていて、今度は顔を机に突っ伏して肩で大きな呼吸を一つみせた。
起こすのは可哀想だが体調を崩す方が良くは無い、なにより寝るならきちんと横になるべきなのだ。
「…何時…?」
「明け方の四時になる、眠るならベッドを使ってくれ、そのほうが身体も休まる」
「…ダメ、それ悪ィ……お前の寝床とれねぇー……ん…」
オレの言葉は耳に届いているらしく、なんとか起きようと努力をみせる荒北は腕で頭を抱え込みながら身を縮めたり、大きく背中を膨らませる呼吸をして現実に帰ってこようとしている。仕草が随分と可愛いじゃないか、しかし、こちらも手を緩めてやるわけにはいかない。意識が遠退く前に、次の行動に移ってもらわねば、オレも安心してラストスパートをかけられそうにないのだから。
「オレが風呂に入ってくる間だけでも、お前はベッドを使ってくれないか?そこで眠っていられると集中出来そうにないんだ、頼む」
「……わーった…風呂行って…ベッド借りっから…」
力なく挙げられた右手が、フラフラと左右に振られる様に、とりあえず意思は伝えられただろうと見て、オレはテーブル上に置かれた二人分のマグカップを片手に部屋を退出することにした。あまり強引に手をかけるのは、かえって荒北の機嫌を悪くするだろうし、あとは本人に任せることにしよう。小さなシンクになるべく音を立てずマグカップを起き、向かい側の壁についている浴室のスイッチを押した。風呂を溜めることも考えたが、明け方で近所の事を考えると気が引ける。そして必要以上にリラックスしてしまうとうっかり深寝をするだろうし、今はシャワーで我慢しておくとしようと浴室の扉を開いてから暫く…多分15分前後ぐらいだと思う。よく温まった身体で再び部屋へと戻ってくると、そこにはテーブルからソファーに移動しただけで、相変わら荒北はぐずり眠りこけていた。
「お前な…;」
ため息と一緒に零れた言葉に気がついたのか、首が急にコチラを振り向いたが荒北は起き上がる気配も見せない。確かに一度、その場で眠ってしまうと移動するのが面倒になるのは良くわかる。一応、努力はしたようだが、ソファーまで移動するならもう少し頑張ってベッドまで移動しても良かったんじゃないのか。
「荒北、起きろ、起きなければ強硬手段に出るぞ」
「ここでヘーキ…あと少ししたら起きるし…」
言葉の最後に、ほっとけと付け加えられそうなので、あえてそれには気がつかないフリをしようと思う。
相手も都合よく背中を向けてくれたので、この期を逃す手はない。オレは首から掛けていたタオルを椅子に投げると、
屈んでそっと、ソファーと体の間に腕を滑り込ませ、一気に荒北の体を抱き上げてみせた。
「おまっ…バカ下ろせっ…!!」
「ダメだ、一度言って聞かなかったお前が悪い。」
腕の中で暴れる荒北に、適当に相槌を打ちながらひたすら下ろせの連呼も聞き流し、さっさと足を進めて数秒…。
レーポート合宿を始めてから、まともに使っていなかったベッドが、やっとその役割を果たせると待ち構える上にそっと荒北の体を下ろしてやった。
寝起きとは違う、非常に不機嫌な顔で荒北に睨まれたがオレは悪くないだろう。
「何してくれちゃってんだよ、金城ちゃんヨぉ…」
「何って、愚図るお前を抱き抱えてベッドに運んだだけだが?」
「そー…じゃねぇー…っ…は、もうイイわ」
そう吐き捨てると、荒北は半分だけ起こしていた体をベッドに沈め、ギシリと安っぽいスプリング音を跳ねさせた。まったく、可愛げが無いところも可愛い。とにもかくにもこれで安心して残りの課題を仕上げられる、このペースで行けば二時間程度で終わるだろう。その頃には荒北も起きているだろうし、ベッドも空く。休むにはそれで充分だ。何か掛けて寝ろよ、と、ふて寝している背中に言い残し、気持ちを引き締めつつ部屋を出ていこうとしたその時、何か腕に引っかかる感覚に引き止められたんだ。
「オメェーも少し休めよ金城、顔、疲れてんぜ。」
顔だけで振り返ると、風呂上がりに羽織ったパーカーの袖を引っ張りながらこちらをじっと見ている荒北と目があった。
しかし可笑しな事に、先程までの眠そうな顔では無い…そこで、オレは全てを知り、思わず吹き出してしまった。
「フッ…子供か…//」
「バァーカ、こうでもしなきゃお前は休まないじゃん」
「強硬手段に出たのはお前が先、だったというわけか…気を使わせたな、すまない」
「うっせ、ここは謝るとこじゃねぇーよ…。」
「あぁ…言葉が違うな、ありがとう、荒北」
緩む頬を手で擦りながらベッドへと半分腰を下ろすと、すぐさまに膝へと頭を乗せられ、もう身動きが取れなくなった。
強引さにかけては荒北も引けを取らない、いやそれ以上かもしれないな。どこまでも可愛いことをしてくれるお前から、オレはすっかり目が離せないんだ。
「このレポ終わったら、どっか行こうぜ…息抜きに」
「あぁ、そうだな…来週は晴れるらしいから遠出もいいかもな」
「あとさぁー…なんか美味いモン食いてぇんだけど」
「そうだな、それも良いな」
相槌を繰り返しているうちに、目を閉じていたせいか自分もウトウトしかけると、膝の上で動く荒北の頭の感覚にうっすらと起こされる。顔はそっぽを向いているが、落ち着きのある呼吸に揺れる肩、相手も満足のいく結果に納得しているようだった。そっと触れた髪からは、荒北の匂いがふわりと香り、より一層の安らぎを与えられて安堵しているというのに、これで付き合ってはいないのだから、それも一つの形ではあるのだろうが実に奇妙な光景だ。
「きんじょー…」
「なんだ、荒北」
「…やっぱ、なんでも無ぇ」
「そうか」
眠気に緩んでしまったのだろうか、お前が言いかけた言葉は、きっとオレが思っていることと同じだと思う。でも、今はまだ少し待って欲しい…お前もそう思ったから止めたんだろ、荒北。白か、黒かはいずれ見える、ならば今はこの曖昧な関係を楽しんでもいいんじゃないか、それもお前を知る時間の楽しみの一つなのだから。
「荒北、ヨダレ垂らすなよ」
「んぁ、しねぇ…よ、ボケナス…」
やがて明くる東の空、それまで互いに暫しの休息を。
【END】
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金荒二話目でした。L仔でございますヽ(´▽`)/
今回は金城さん視点でお送りしましたが、なんだろう…この方本当に金城さんなんだろうか。口調が怪しすぎる。
どうにもまだつかみきれていない感じになってしまいましたし、関係もはっきりしない曖昧な具合ですが
この灰色な関係がけっこう好きだったりします。歯切れの悪さは全て私の文才が至らない…申し訳ない。
なんでしょうね…洋南メンバーは男臭くて、それでいて悪友で親友で。こんな大学生いたら会ってみたいものだわ(追いかける)
洋南はまだまだ書くつもりでおりますので、もう少しお付き合いくださればと思います、ぶっちゃけEROも書いてみたいんですが
いかんせん脳内妄想が結構荒北さん大変なことになってますので、書くならピクシブには上げず、此方メインで行こうかと計画中。
もっと待宮さんとも絡ませたいなぁ~、そんな感じでL仔でした(o・・o)/
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