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5月12日 巻坂長編その2UP。

例年より幾分か今年の雪は早めらしく、クリスマスイブは朝から薄暗い雲に覆われていた。
それでも、千葉の駅を出発した時にはそんなに寒さも感じなかったけれど、
一駅づつ、目的地に近づくに連れて、雲の色は濃さを増し、いつ降り出してもおかしくはなさそうな空模様だ。

「ちょっと怪しくなってきたかな…、着くまではなんとか降らないでくれればいいんだけど…。」

電車の車窓から空を眺めながら、出来れば叶えて欲しいささやかなお願いをして、
ボクはまた座席に背を持たれた。いつも乗る各駅の電車の硬い椅子とは違い、座り心地の良い
リクライニングシートには馴染めず落ち着かず、逆に逸る気持ちを変に擽って仕方ない。
それでも時折、少しでも落ち着かなければと思い直して、視線を周囲に向けて車両内の風景を眺めもみる。
乗客の数も満席、まではいかなくとも席は埋まっていて、クリスマスを観光地で過ごす人達が
静かに目的地への到着を待っているといった様子、年齢層も若干高め…かな?


なぜボクが電車に乗って、クリスマスイブに神奈川県は箱根へ向かっているかというと、
数日前に一通の電話と手紙が届けられたことからだった。手紙は今日も持ってきていて、今も目の前に置いてある。
到着までまだ少し時間もあるし、もう一回読んでおこうかな。サイドテーブルに置いた手紙に手を伸ばし、
もう五回は読んだと思う文面にボクは視線を這わせてみた。


カサリッ…


『前略 小野田坂道くん 久しく顔を見ていないが元気にしているか?
巻ちゃんから話は聞いているぞ なにそう落ち込むことは無い 
社会人ともなれば都合付かずなど仕方の無いことだ その代りに全てこの東堂尽八が
次第を預かることとなった。12月24 神奈川県・箱根【東堂庵】にて君を待つ 
楽しいクリスマスイブにしようではないか。旧友も大勢招待してある 
さながら軽い同窓会のような気持ちで来てくれれば良いぞ。乗車切符も同封するので
乗り遅れの無いよう気を付けること 到着時刻に迎えに行く。
それでは当日を楽しみに 【東堂庵 主】東堂尽八 草々』


とても綺麗な字で書かれた、いかにも東堂さんらしい文面に自分の表情が緩むのがわかる。
たしか以前にもこんなことがあった、そう、あれは高校一年生の、今日と同じ冬の日、箱根は雪が降っていた。
東堂さんの計らいで真波君と自転車で坂を登ったのはいいけれど、道路条件が悪くて途中で引き返したんだ。
雪も降ってて手足も冷たくて、タイヤは滑るしと大変だったけどとても楽しかった。
真波君も同じだって笑顔で言ってた懐かしい思い出がふっと蘇ってくる。


「あれから10年も経つんだ…全然そんなふうに思えないのになぁ」


手紙を片手にぼんやりと蘇った過去を見つめながら、改めて経過した時間のことを思うと、
長いようで短い、高校時代がつい昨日のことのように感じてしまう。高校、大学を卒業し、
地元の出版社に入社してからも、ボクは地元のチームに入って相変わらずに自転車は続けている。
団体のほかにも、時々個人でレースに出場することもあって、良いタイムが出るとやっぱり嬉しいし、逆もある。
それは紛れも無くボクの財産であり、沢山のものに出会わせてくれた大切な宝物。
みんなで走った初めてのインターハイ、嬉しさも厳しさも全てが詰め込まれている箱根は
ボクにとって確かに特別な場所なんだ。巻島さんも来られれば良かったのにな…でも、お仕事だがら仕方ないよね。
そのかわりに、今回のクリスマスプレゼントを用意したって電話で言っていたんだから。


………


『悪いショ坂道、今年のクリスマス、どうしても外せない用事が入っちまってて会えそうに無いんだ。』


手紙が届けられる日の朝、イギリスにいる巻島さんからボクに一本の電話がかかってきた。
高校時代、恋人同士となった巻島さんとは10年経った今でも、この幸せな関係は続いている。
距離はあの頃と変わらず離れてしまっているけど、ずっと気持ちは変わらないまま。
誕生日にクリスマス、帰国した時はボクのアパートで一緒に過ごしたり、
年に一度はボクのほうもイギリスへ行って、短いながらも巻島さんと一緒に暮らすのが大切な行事となっていた。
しかし今回は残念ながらクリスマスが叶いそうに無い、前々から、もしかすると今年は一緒に過ごせないかも、
と言われていたけれど、どうやらそれが確定してしまったらしい。


「ボクは大丈夫ですよ巻島さん、お仕事の都合じゃ仕方ない時だってありますから。
本当はボクがそちらに行ければ良いんですけど、こちらも23日まで仕事が詰まっちゃってまして…//;」


ボクのほうも、担当している雑誌の取材や編集、次回号の打ち合わせなどが重なってしまい、
祝日関係なしの仕事日程になってしまっていた。社会人の辛いところだ、学生時代あんなにあった
時間が今欲しいと思わずにはいられない。


『クハッ、相変わらず忙しくしてるんだな。来たいって気持ちは嬉しいが、
今こっちには来ないほうがいいぜ。連日雪で飛行機も遅れてるショ、数年に一度の寒波だってさ』


「あ、テレビで見ました!すごい雪ですよね、大丈夫ですか?」


『なんとか…ショ、思ったより坂道が元気そうで安心した、本当に悪いな。』


「いいえ、気にしないでください。あ、そうだ!
雪なら早めにクリスマスプレゼント贈らないと間に合わないですよね!」


会えないならせめてプレゼントだけでも届いて欲しい、
しかしイギリスまでは距離もあるし、最短で5~6日はかかる。
既にプレゼントは用意してあるから今日にでも出してこよう。
今日の予定を立てつつ、プレゼントの置き場所である寝室に自然と
視線を向けると、電話先の巻島さんが一つ、咳払いをしてみせた。


『それなんだけどさ、オレに会えないかわりって言えばヤツに悪いが、
坂道にちょっと変わったクリスマスプレゼントを用意したショ。気に入ってくれるといいんだが…』


耳元で聞こえる優しい巻島さんの声が、どこか微かに緊張しているようにボクには思えた。
いったい何が起こるんだろうと思っていたその時、ガタンと玄関のポストが音を鳴らしてみせたのだった。

……………


『まもなく小田原、小田原駅到着です。お降りの際はお忘れ物の無いように…』


数日前の出来事に浸っていたところに、次の到着駅を知らせる
アナウンスが流れると、少しだけ車内がザワザワと動き出した。
後一駅で終点、目的地である箱根湯本に到着するし、ボクも降りる準備をしておこうかな。
手紙を封筒に戻し、持ってきていた一泊用のカバンの内ポケットへと大切にしまい込んで
カバンの中身を覗き込んだ。これで大丈夫、ひとまずの安心を得たところで電車は小田原駅へと到着し、
幾人かの乗客を降ろして再び動き出した。また車窓は流れる風景を繰り返すなか、
空模様も変わらずなものだから日が暮れているのか、まだなのかも分からない。
携帯を取り出し、時計を見てみると電車に遅れはないようで、予定時刻には到着するようだった。
すると、点滅しているライトに気が付き、画面を開くと一通のメールが届いていた。


【From 鳴子君】

Sub Re:

小野田くん今どのあたり?
こっちはスカシと合流して待ち合わせ場所着いたけど
めっちゃ寒い!!やばいホンマ寒い!!
ひさしぶり会えるん楽しみにしとるで~!!


差出人は鳴子君からで、今泉君と無事に待ち合わせ場所に着いたけど
思っていた以上に寒い!と書かれていた。ボクももうすぐ着くよ、なんだか雪、降りそうだもんね…っと。
手早くメールを打って返し、送信画面を見つめていると、落ち着いていた逸る気持ちが戻ってき始めた。
2人とはメールや電話はするけれど会うのは久しぶりだから結構ワクワクする。手紙にもあったけど、
そういえば旧友って誰が来るんだろ…鳴子君と今泉君は参加するって電話した時に教えてくれたけれど。
あとは真波君とか、荒北さんあたりかな…東堂さんが声をかけるっていうと、人脈が広すぎて
ボクには想像できない部分がある。とにかく行けば分かるよね、知らない人がくるわけじゃないし、
そう考えるとなんだか増してドキドキしてきた。


『ご乗車ありがとうございます、まもなく終点、箱根湯本、箱根湯本です。』


再び流れた車内アナウンスを耳に、外を見ればすぐ間近に移る賑わう街並みが見え始めた。
ポケットに携帯を入れ、かわりに乗車券を取り出してカバンを手に、電車がホームに流れ込むの横目にしつつ、
ボクは席を立った。すると、次々と席を立つ周りの人達にのまれながら電車を降りると、
それは真っ直ぐに改札口へと流れていく。用意していた切符を通して、漸く人並みから外れることの出来たボクが、
さて、待ち合わせ場所は…と、辺りを見回していると、ポンと軽く、背中から肩を叩かれた。


「ここや、ここ!久しぶりやな小野田く~ん!」

「鳴子くん!」


振り向くと、そこには真っ赤なダウンジャケットに、同じような赤い
携帯を片手に満面の笑顔を見せる鳴子君の姿があった。
少し髪を切ったらしく、以前に会った時とイメージが違っていたけど、
雰囲気はどこも変わっていなかった。


「メールしたのさっきやのに、思いのほか早かったんやな、今の電車か?」

「そうだよ、東堂さんが切符を用意してくれたんだ。千葉を出てきたときより
天気悪くなってきちゃったし遅れたらどうしようかと思ったけれど、大丈夫だったよ」

「そりゃー何よりやな、無事に着かんかったらクリスマスもパーティーもあったもんや無いし。」

「フフ…そうだね、ところで今泉君は?一緒だってメールにはあったけど」


鳴子君と会話する中で、近くに今泉君の姿が無いことを尋ねると、
既にホームを降りて下の階にいるとのこと。この駅は車の通りも多いし、
迎えに来てくれる人が見逃さないようにと気を使ってくれたようだった。


「ワイは大丈夫から待とう言うたんやけど聞かんで行ってしまったんやで、ヒドくないか?
あいついつまでたっても心配性なとこ変わらへんわ、あるいは照れてたりしてな…カッカッカ//」

「なに勝手なこと言ってんだ、全部聞こえてるぞ、鳴子」


豪快に笑う鳴子君の声に続いて聞こえたのは落ち着いた雰囲気の今泉君の声だった。
それを、まるで分かっていたようになる子君が振り向き、ボクもその先を覗き込むと、
黒のコートに灰色かかったマフラー姿の今泉君がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「おうスカシ!下で待ってるんやなかったんか?」


「今さっき電話があって、もうじき着くから三人揃って
反対車線に出ててくれって言われたから戻ってきたんだ。
お前、目を離すとすぐにどっか行くだろ」

「んなことないわ!!」

「どうだか…。久しぶりだな小野田、出迎え遅れて悪かった。」


懐かしさの漂う鳴子君と今泉君の会話に、ここだけ高校時代に
戻ったような感覚のするなかで、あの頃よりもずっと大人っぽくなった今泉君が
すまなさそうにボクに声をかけてくれた。


「そんなことないよ今泉君、迷わないように気を使ってくれたんだもん。
ボクの方こそお礼を言わなきゃいけないよ!」


「別にたいしたことはしてないだろ、お前は相変わらず大袈裟だな。
無事に合流できたし移動しちまおうぜ、話はそれからでも充分できるだろ、行こうぜ」

「カッコつけスカシが…(ボソッ)」

「鳴子なんか言ったか」

「べつにぃ~、さ、いこいこ小野田くん!」

こうしてボク達三人は無事に現地で再会し、移動することにした。
内輪賑やかに会話しつつ、整備された二階の歩道を歩いてエレベーターで
一階へと到着すると、辺りは観光案内所や古い喫茶店などが並ぶバス乗り場へと繋がっていた。
この辺りでいいと思うんだが、そういって今泉君が携帯を取り出し、誰かに電話を掛ける中で、
ボクと鳴子君も辺りを見渡しながらそれらしい車や人を探してみたが、どれも似たような感じで
区別が付けられないや。すると、すぐ近くて電話の鳴っている音が聞こえ始めたかと思うと、
それは徐々にボク達へ向かって近づいて来ているようだった。


「おーい、何処探してんだおめさん達、ここだよ、ここ」

声と音のする方へ三人ほぼ同時くらいに振り向いて見ると、そこには意外な人物の姿が。
ふわっとした赤毛と大きな瞳に厚い唇、高校時代に姿を見たときよりも
更に大人のかっこよさを漂わせた元箱根学園エーススプリンター、現在は国内でも有名な
トップスプリンターの一人として名高い新開さんが携帯片手に微笑んでいるではないか。
相手を確認すると今泉君は電話を切り、軽く頭を下げて挨拶の仕草をみせたので、
ボク達も同様に続くと、固いのは無しだと手を左右に振りながら目の前までやってきて、新開さんは足を止めた。


「ヒューさすが時間通り、今泉君はベストなタイミングを分かっているね」

「たまたまですよ、時間に遅れないのはルールというか当然のことですから」

「全く、言うこともカッコいいねぇ~君は。」


なんだか不思議な光景だ、こんなに近くて新開さんを見るのは、もしかしてこれが初めてかもしれない。
ボクにはどちらかというと弟の悠人君の方が同じクライマーだし、二度目のインターハイで会っているせいか印象が強い。
今泉君が新開さんと知り合いだったことにボクも鳴子君も意外だという印象を受けながら、
2人の間に視線を動かしていると、視線に気がついた新開さんが此方へと視線を向けて手を差し出してみせた。


「おめさんが小野田坂道君で、赤いほうが鳴子章吉君だね。
とうの昔に知り合ってるのに、ずいぶん年月が経ってから改めて名乗るのも
不思議な感じがするが、新開隼人だ。おめさん達の活躍は方々で聞いてるよ、ヨロシク」


「ワイもあっちこっちのレースで変わらずの噂は聞いてますわ、ヨロシクおおきに。」

「こちらこそよろしくお願いします、あの、新開さん、本日はお迎えありがとうございます!」


交互に握手と挨拶を済ませると、積もる話も詳しい話も移動中で構わないかい?と、
数メートル先にある大型のビックホーン系の車を親指で指し示した。どうやらあれが迎えの車らしい。
ついうっかり話し込みそうになってしまったけどここは駅前の往来の場所、立ち話は人の邪魔になるよね。
先を歩き始める新開さんに続いてボク達も後に続き、徐々に車へ近づくにつれて運転席に誰か座っているようだった。
ボクはてっきり東堂庵の送迎用の車が来ているのかと思っていたけど、見た目は完全な
個人所有車だし東堂さんが乗っているイメージも無い。じゃあ、あの車は新開さんが運転してきたんだろうか?


「あれ、新開さん、車運転するんすか?」

「ん~一応持ってるがあんまり乗らないな、二輪の方が動きやすくてそればっかりだよ。
それにアレはオレの車じゃない、待たせて悪いな寿一、三人ご一行様到着だ」


鳴子君の疑問に答えながら、新開さんが後部席のドアを開くと、
そうでもないと低くて威厳のある声が返答を返してみせた。
そのお名前に声、間違いない…恐る恐る覗いてみると、運転席に座っていたのは、
あの頃と雰囲気もそのままに、更に貫禄に磨きがかかった福富さんが座っているのが見えた。
これはなかなかの迫力がある。驚いている暇も無く、言葉で背を急がされたボク達は
雰囲気に呑まれ気味のまま、いそいそと全員が乗り込むと、福富さんはハンドルを握って車を走らせ始めた。
さっきは不思議な気分だったけど、今はそれを通り越して妙な具合になりつつある…
とてもこんなこと、ボクは予想もしていなかったんだから。あ、でも東堂さんの手紙に
『旧友も大勢呼んである』って書いてあったから…そうだよ、東堂さんは箱根学園の人なんだから人選は当然といえば当然のことなんだ。


「交換してもらっちゃって悪いね今泉君、オレどうにも助手席って苦手でさ」

「いえ、オレは良いんですけど後ろの二人を萎縮させないで下さいね、
新開さん。あ、福富さん信号赤です」

「うむ、やはり人通りの多い場所の車は不便だな…」


観光地ということもあって、車は信号や横断者に捕まり、細々と停車を繰り返す中、
助手席でも物怖じする様子も無い今泉くんと、自転車以外の見慣れない運転姿を披露する福富さん。
いつの間にかボクの手にはメロンパンが二つ、鳴子君は既に食べ始めていて、
食いっぷりがイイと笑顔で言う新開さんは既に一袋食べ終えたらしく、二つ目に手を付け始めたらしかった。


「今泉君とは遠征した地方のレースで偶然会ってね、
前にも増して良い走りをする選手になっていると寿一に話したんだ。
寿一はモチベーションの高い選手が好きだし、今泉君には素質も才能も
充分だってことは高校時代のレースでよく見ていたから、そこから一緒にメシ食ったり、
地元もわりと近いし、予定が合えばレース以外でも走りに誘ったりするようになったのさ。」

「へぇ~、スカシそんなこと一言も話さへんから、今日の様子で随分親しそうなの見てワイ何事かと思ったわ」

「彼、必要以上の事を話さないフシがあるからね。ところで寿一もパン食う?」

「いや、オレはいい。新開もほどほどにしておけ、他の奴も匂いでこの先の山道で酔わんようにな」


無表情で福富さんが断ると、差し出した手を引っ込めて、新開さんはそのまま自分の口にパンを頬張った。
田所さんも食べる人だったけど、この人も変わりないみたいだ。そんな会話をする中でも車は順調に走行を続け、
景色も建物から木々がメインとなり、傾斜もキツくなってきている。箱根の山道へと入り始めたんだ、と、
ボクは椅子に背を預けて酔いを回避することにした。携帯で時間を見てみると、時刻は夕方17時前だっていうのに、
街中よりも随分と暗いものに感じ、時折カーブの先に見えるライトが徐々に眩しさを感じ始めるくらい…
それが、どことなく寂しく移り、周りに人がいるのに心細さえ覚えた。


「どうした、小野田」

「ひゃっ、は、はいっ…!」


急に声を掛けられたせいで、思わず変な声で返事を始めてしまった。
視線を上げると、ルームミラーに写る福富さんと一瞬だけ目が合ったけど、
すぐにそれは前を向きなおして、変わりに声が聞こえてきた。


「本来ならばお前達を迎えに来るのは、実は金城だったんだ。
しかし別件で、代わりにオレと新開が迎えを引き受けたのだ。
今頃は用事も済ませて東堂庵に向かっている頃だろう、もう一つ、この車は金城からの借り物だ。
午前中に打ち合わせた時、オレの車では5人は定員オーバーだと伝えたところ車を交換する話になった。
既に田所と泉田は現地で準備をしている、荒北は真波を拾って来るように言ってあるから
オレ達よりは先に着いているだろう。どうだ、これで少しは落ち着くか、小野田」


福富さんは、いつから気がついていたんだろう。車に乗ってからは
聞き手に回っていたのは確かだけど、つまらないわけじゃない。ただ、久しぶりに感じる
学生時代の賑やかな雰囲気に、どうしたら良いのか流されるままに戸惑っていたのはある。
そんな緊張していたボクに気遣いをくれるあたり、福富さんの器量を垣間見た気がした。
一瞬でそれをボクが感じたのだから、新開さんをはじめ、箱根学園のメンバーさんの信頼は遥か想像の上を行くものだろう。


「ありがとうございます、福富さん。久しぶりに知っている人にいっぺんに会って、
自分でも知らないうちに緊張していたみたいです、でも、おかげで落ち着きました。」


「そうか、それならば良い」


そう言うと、また福富さんは黙々と運転に集中し、目的地に到着するまで一言も話さなかった。
と、いってもボクの記憶は途中までしか無くて、今泉君と鳴子君の会話を微かに耳にしながら、
薄暗さと心地よい車の揺れ、なにより安心感に瞼が自然と下りてきた。

『坂道にちょっと変わったプレゼントを用意したショ、気に入ってくれるといいんだが…』

気に入らないはずが無いですよ、巻島さんがボクにしてくることはいつだってボクを喜ばせてくれるじゃないですか。
そうだ、東堂庵についたら報告の電話をしてみよう、そして巻島さんにも、協力してくれた東堂さんにも沢山、お礼言わなくちゃ…。


…………


「あらら…眠ってしもたで、小野田くん」

「疲れてたんだろ、着くまでそのまま寝かせておこうぜ」

「そうだな、その方が都合も良いんじゃないか。
今日は彼が主役だし、やってもらうこともある、暫しの休息だな…。
寿一、あとどのくらいだ?」

「15分、といったところだ…、東堂に電話しておいてくれ、もうじき着くと。」


そんな会話を露とも知らずに…。
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