更新情報
5月12日 巻坂長編その2UP。
ヤストモさんから渡された液晶パッドにはいろんな機能がついている。
最初、突きつけるように見せられたときにはカウントするデジタル数字ばかりが目立っていたけれど
正式に契約した事によって内部のロックが解除され、より深く詳細を観覧出来るようになった。
「そういえば…あのヤストモさん」
「何だよ」
年齢性別は勿論、好きな食べ物やアニメ、休日の過ごし方、学校やその他の日常生活を始め、
自転車に乗り始めたキッカケ、部活に入部した理由、交友関係、楽しかった事、悩んでた事…
そして昨年のIHの出来事とその後…荒北さんとの出会いから仲良くなった経緯まで
自分でもうすら覚えになっている事までビックリするくらい詳しく書かれていて
後半はまるでアルバムみたいで懐かしい感じだった。
「これって充電しなくても大丈夫なんですか?」
「あぁ?今更じゃネェーのソノ質問、使い始めてどんくらい経ってっと思ってンだっ;?」
「一ヶ月とちょっと…ですかね?」
後は好きに使えと投げよこされたはいいけれど、
間違って操作して何か大変な事が起きるんじゃないかなって
そればっかりが心配だった僕は触れるのも怖かったんだ。
様子を見ていたヤストモさんにビビリ過ぎだって笑われてしまったけど
あくまでも借りているだけで僕の持ち物では無い、それに与えられた期限を知る大切な目安でもある。
見た目だけなら家電量販店で販売されているメーカー品と同じ、機能もごく一部を除けば遜色ないものなんだけどね。
「…ったく、ンな長い時間使ってりゃだいたい気が付くだろ…。
充電は必要無ぇーよ、何事も無けりゃ契約終了まで保つ仕様になってるぜェ」
「へぇー天界の支給品てエコで便利なんですね!」
「エコっつーか…なんつーかァ…ま、いいやァ…。」
精密機械であるにも関わらず多少手荒く扱っても壊れないらしい、
今日もこうして地図の変わりに便利に使わせてはもらってる、むしろ大活躍だ。
両手の中に広がる液晶マップと隣を歩くヤストモさんの顔を交互に見ながら
会話をする中でも僕の目的地には一歩、一歩近付いている。
画面には次の道筋を示す案内表示に思わずゴクリと一つ唾を飲み込んだ。
そう、今日は待ちに待った約束の日、荒北さんの引越し先であるアパートに遊びに行く日なのだ。
「後少しで荒北さんのアパートか……ぅ、どうしよう…緊張してきた…//;」
「バァーカかよお前、恋人同士だっつーんなら別にフツーに堂々としてりゃイイんじゃネ?」
「…そう、ですけど…でもやっぱり緊張しないのは無理です//;!」
数百メートル先の角を左に曲がれば目的地周辺だと告げる画面と睨み合っていると
呆れ顔を漂わせる鋭い目線を右頬に感じながら僕は苦笑いで答えた。
そんなそっくりな顔で励まされるのって実に複雑な気分ですよ…;
「わっかんねぇーなァー…今更ビビることじゃねぇーだろォ」
「…そ…それはそう…ですけどっ…//:」
何故ヤストモさんがこの場に同行しているかといえば、これも彼方側にある仕事事情の一つで
しばらくしてから教えてもらったのだけれど、ヤストモさんにも仕事をするのに条件があるのだという。
その一つが契約者である僕の周囲一定の距離から離れる事が出来なくなるというものだった。
姿も声も僕にしか分からないようになっていて、絶えず休まず監視していなければならないそうだ。
契約期間中は仕事場にも家にも帰れないって天界の仕事って中々忍耐が必要なんだな…
時々誰かと電話したりメールを打っている姿を見たことがある、それも多分仕事の一つなんだと思う。
「んだよォ、なんなら引き返してもイイんだぜぇ?電話一本で済む話だ」
「それは絶対にイヤです;!!」
こんなふうに嗾けてみせるけど、僕だって負けていられない。
あの日にやると決めて契約を結んだのだから、ちょっとやそっとの脅しで屈するつもりは無いんだ。
第一に、僕が一歩を躊躇うのは別に荒北さんの家に行くのに緊張しているだけじゃないんだから。。。
「テメェ、どっちなんだよ煮え切らねぇーなァ!!;」
不機嫌そうに此方を睨むヤストモさんは怖い、でも
念の為にもう一度確認しておこうと僕は意を決して視線を合わせて口を開いた。
「あの、もう一度確認しますけど本当に…ほんっっっ…とうに荒北さんには見えないんですよね;?」
声も顔も背丈も荒北さんにそっくり、一ヶ月近く毎日顔を合わせているから性格もほぼ一緒だって事も分かった。
見た目は怖いけど根は真面目だし仕事に対しての気構えっていうのかな、それも真っ直ぐ。
だからこそ、もしもがあったら…いいや、無くたって僕には心配なんだ。
「よくオカルト番組とか心霊番組とかで自分と同じ姿の人を見たら
良くない事が起きるって…何より僕が一緒に居たら荒北さんに大きな勘違いされそうで怖いんです//;」
ここで隠し事をしてもきっとバレていまうし得にもならない。
正直に理由を話すと隣から横目に見下ろす鋭い視線が一段階つり上がってみせた。
「ああっ?クドイっつーの…今までも大丈夫だったろうがよォ…
さてはお前オレの事信用してねぇーなァ!?」
「そそそんな事、全っくありません!::」
慌てて両手の平を振りながら精一杯否定してみせると、つり上がった瞳が可笑しく歪んでみせる。
普段は不機嫌そうな細い目がこうやって甘く心に囁くときが一番怖いんだ…流石悪魔だって名乗るだけはある。
「バァーカ、冗談だっての、んな調子で大丈夫なのかよ…;
ククッ…まぁオレはどっちでも構わねぇーけどよォ…//」」
「よくありませんよ、他人事だと思って…//;」
「ハァ?だから楽しいんじゃん」
ダメだ、このままでは完全にペースに乗せられてしまう…。
これまでの一ヶ月、僕だって何もしなかった訳じゃない、図書館や書店で悪魔に関する本を読んでみたもした。
目の前にいるヤストモさんがどういう存在なのかを僕なりに知ろうと努力もした。
書かれていた内容はどれも似たり寄ったりしていて、人間を堕落に導いたり
人道を外すように誘惑して破滅に導いたり…結構酷い言われようだった。
「お前からすれば紙っぺらい安心かもしれねぇーが仕事に関してはキッチリやる。
契約終了までは手ェ出せねーようになってっからなァ…せいぜい頑張れよ」
「ハ、ハイ…//;」
今度は励ましにもなってない…;
肩がどっと重くなる感覚で吐いた溜息が僕の周りの漂っている感じだ、足だって重い。
でも荒北さんには会いたいし…、あと数歩で目的地だっていうのに自分では
もうここからの一歩がどうにも進み出せそうに無かった。
「へぇ~…オイ、ビビリのサカミチィ」
「ぅ…;」
「迎えが来たみてぇーだぜ」
グサッとくる一言の後に続いたヤストモさんの言葉。
ショック半分になんだろうと思う暇も無く、間髪いれずにポケットに入れていた携帯が震えてみせた。
取り出して見ると着信画面には荒北さんと表示された文字に僕は慌てて通話ボタンを押した。
「も、もしもし荒北さん!」
『どーしたんだよ小野田チャン…んな慌て…寝坊でもしたのか?;』
「い、いえ、違います、大丈夫です//;」
電話口で聴こえる荒北さんの声に見えもしないけど首を振って答えると
何か可笑しかったらしく、詰まったような笑い声を混じらせながら荒北さんは話を続けた。
『今、どのヘン?迷ってんなら地元駅まで迎えに行くぜ』
「あ、ハイ、あのすぐ近くまでは来てるんですけど…;」
『あぁマジ?俺も外出てんだケド……っ邪魔だっつーの、どっか行けって…』
「あ、あの荒北さん…?」
『…ワりぃ、虫が五月蝿くってよぉ…テメェうっとおしいっつーんだよォ!!;』
電話口で叫ぶ荒北さんの声がキンキンと耳に響き、
離せば少しは聞こえるかなと思った僕が耳から携帯を離してみると
ごく近所から同じように誰かが話している声が微かに伝わり聞こえたんだ。
「…ヤストモさん何か言いました?」
「あぁ?なんも一言も言ってねぇーよ」
チラリと横に視線を向けると両腕を頭後ろで組みながら
ヤストモさんは真っ直ぐ前に視線を向けながら違うと答えてみせた。
迎えが来たと言ったのはこの事だったんだ…不思議な出来事を目の前にすると
言葉として上手く言い表せないけどやっぱりヤストモさんは人智を越えた存在なんだと思える。
耳から離した携帯電話からはガチャガチャとした雑音が続く中、僕がそんな風に思っていると
見ていたヤストモさんの表情が一変、細かった目が見開かれたかと思った瞬間、周り三方向から同時に声が上がった。
「「『あっ!!??』」」
エコーというより立体音響のように僕の周りを取り囲んだ同じ声。
一つは僕の横にいるヤストモさん、今まで見たことのないビックリした表情で前方を見つめている。
二つ目は携帯電話からの反響音、と、いうことは荒北さんだ。
それじゃ後一つは何処からだろうと僕が思っていると、前方から此方に近づいてくる足音が聞こえた。
「んだよ、すぐ目の前だったじゃねぇーか…小野田チャーン!」
足音と共に近付いてくる人物が僕の名前を呼んでみせたので声のする方向へ顔を向けると
正面からサンダルの擦り音を響かせながら携帯電話を片手にした荒北さんの姿が見えた。
久しぶりに見る荒北さんの姿は少し痩せたようにも見えて、僕と会えない間は余程多忙だった事が伺いしれた。
「荒北さんっ//!!」
そんな客観的状態も嬉しさの前には霞んでしまって、片手にした携帯電話をポケットにしまいながら僕は駆け出した。
先程の心配も何処へやら…まさにその言葉がぴったりだ。
ものの一分も走らないうちに僕の前には通話の切れた携帯電話をぶら下げた荒北さんの姿。
表情はいつもより柔らかいものに思えて、それは声色に現れて話しかけ始めたんだ。
「もっと早く来るモンだと思ってたんだゼぇーモタついてどーしてたんだよ?」
「スミマセン色々あって、足踏みしてしまいまして…・//;」
「ナニソレ、わけわかんねぇーよ//;」
僕の言葉の真意を知り得るハズも無い荒北さんは曖昧な表情で
頬を四本の指で掻きながら答えてみせていたけど、
ふと眉毛が片方ピクリと上がり辺りに視線を向け始めた。
「どうしたんですか、荒北さん?」
「ぁあ、あぁ、なんでもねぇーよ…虫がいなくなったなと思ったダケ。」
そういえば電話口で虫がどうとかという声がしていたっけ…。
電話口からの状況でしつこく飛んでいたんだろうなとは思ったけど、今はそんな様子も影も無かった。
「荷物はそんだけ?」
「あ、ハイ、そうです」
二、三度、辺を見渡した後に荒北さんは僕の手元から荷物を攫いながら一歩前へを歩き始めた。
また油断してしまった、自分の荷物ぐらい自分で持たなければと分かっていても
一度荒北さんの手に握られた荷物は目的地までは離してもらえないことはいつものことだ。
置いて行かれないようにと慌てて背を追いかけようとした時、ふと周りに変化があることに気が付いたんだ。
(あれ…いない)
先程まで隣にいたはずのヤストモさんの姿が今は何処にもないのだ。
まさか置いてきてしまったのかと後ろを振り返っても姿はあらず、今来た道が背後に伸びているだけだった。
その気になれば姿を消すことも現すことも造作もないとヤストモさんは言っていた。
3つ声が同時に聞こえた時には確かにまだ近くにいたように思えるけど、
始めにヤストモさんは『迎えがきた』と言っていたし、荒北さんが此方に来ることが分かったみたいな口ぶりだった。
あれ…それじゃ何で驚いた声出したのかな…荒北さんの写真は見せたことあったし顔を知らないということは先ずない。
「いくぜー小野田チャン」
「あわっ、ハイ!い、いま行きますっ…!」
一人考え込んでいる僕に数歩先の荒北さんが呼んでみせたので僕も慌てて小走りに後を追いかけた。
考え出せば不思議と思うことが次々に浮かぶ反面、僕の言葉に気を使ってくれたのかな?
その時はそのくらいにしか思っていなかった。
スポンサードリンク
コメントフォーム