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5月12日 巻坂長編その2UP。
(巻島裕介)
地は動き、星は巡り、雲は流れて日は沈み、そしてまた昇る。
極端な話、世界の終でも来ない限りこれは変わることは無いだろう。
身近な事だけに区切ってみても世の中ってヤツはお構いナシで、
人や車、街に生活…一見すれば忙しく窮屈と感じることも多々あるが
こうやって時折ある特別な時間を楽しむ為ならば、まぁ…悪くは無いとも思える。
「雲の流れが早いな…もしかすると雨が降るのかもしれないですね」
なだらかな丘陵からその先を眺めれば悠然と広がる濃くもあり浅くもある様々な緑色を混じえた田園風景。
空を見上げると風に行き先を任せた雲が優雅に流れている様に、
肌に感じる微風に比べて上空では強く風が吹いているらしいと分かった。
「そーだなぁ…だが山側に向かってる、こっちは大丈夫ショ」
肩に軽く手を置いて俺が言うと、隣にいる坂道は柔らかい笑顔を見せた。
以前に比べて少し伸びてみせた身長でも変わらない手の置き具合と
数年前も今も変わらずに心地良く幸せな気分にさせてくれる好きな顔…
それが俺にとってどんなに嬉しい事かを、こうしていると心にしみじみと感じる。
つか無理ッショ、抑えようにも隠しきれずに頬も緩むってモンだ。
「風が気持ちいいですね…自転車に乗ってる時とは感じが違うけれど、
ただこうして立っているだけでも全身を吹き抜けていくみたいです…//」
肩を並べて歩く田舎の午後は長閑そのもので、緑によく映える蜂蜜色の屋根も目に鮮や。
悠々と遠くに動く白い群れも見えていて、そいつに目を細めていると多分あれは羊ですよと指差しながら声が続いた。
「あ、犬もいますよ!あっちには馬も走ってます…//!」
珍しさに燥ぐ姿はまるで子供のようだが、もう立派に二十歳を越えている。
出逢ってから五年も経ったのかと改めて考えると長いようで、それでいて早い気もするショ。
今は一時帰国中かって?いいや、違う、その逆だ。
今年短大を卒業し、春からの就職を控えた坂道は二週間程の休みを使い
俺に会いに再びイギリスまでの旅行を計画したんだそうだ。
数年ぶりとなる海外旅行の全て自分で用意したと聞いた時には
随分逞しくなったんじゃんと電話で答えた覚えがある。
「あぁ、あっちにも!見えますか、裕介さん//?」
「オイオイ…あんまりはしゃぐと転ぶぞ、坂道//;」
だが、いざ再会を果たしてみれば初めてイギリスに来たときの初々しさのまんま。
変化したといえば俺の呼び方が『巻島さん』から『裕介さん』になった事くらいだろうか…
親しみを込めた名前に変わった当初、耳慣れなくて互いに照れたっけな//;
そういえば先輩とも呼ばれた事も無かったッショ…俺的には本当なら『さん』も
いらないぐらいなんだが、そこは坂道らし真面目さを尊重した。
「あ、スイマセン…見慣れないものだから、つい興奮しちゃって…//;」
「いや、お前の気持ちも分かるぜ」
傾らかとはいえ均されていない足場に気をつけろと声を掛けると、すっと振り返って目を俯かせたので
軽く微笑んで答えながら肩に置いた手を引いて身を寄せると、やや恥ずかしそうに顔を赤くしながら頷いてみせた。
この風景の前では心がはしゃいでしまうのも無理はないだろう、なにせ目の前に広がる優雅で長閑な草々に
以前一緒に過ごしたロンドンの面影は無く、映える建物がなんとも穏やかな平和感を演出している。
「こんな風景、そうそう拝めるもんじゃ無いショ…//」
此処はロンドンの都会から西に200キロ程離れたコッツウォルズという田舎町。
今回、坂道がイギリスに来る際に予め何かしたいことはあるか?と聞いたところ
『特に考えて無かった』と坂道らしい答えに拍子抜けを食らったが、
あくまでも俺に会いに来るのが目的だと付け加えられて尚らしいとも思った。
以前と同じくセカンドハウスでのんびりする事も考えたが折角だし別の事もしたい、
前回の帰国時に免許も取った事だし…坂道を連れての国内小旅行も良いだろうと思い立った次第だ。
結果は上々、騒がしい街の喧騒も追われるモノも無い坂道との時間を得ることが出来ている。
「しっかし長閑だねぇ…こんな事なら自転車も積んでくりゃ良かったぜ」
「僕も同じこと思ってました、すっごく気持ちよさそうだな~って!
ここのところ忙しくてちゃんと乗ってなかったからなぁ…考えただけでワクワクします//」
見渡す限りの青々とした芝生、人が歩くのには充分な程度舗装された道。
歩いているだけでもそりゃー充分に気持ちがいいが、こんな環境はそうそう無い。
となればやはり自転車で走りたくなるのは俺にも坂道にも共通する性(さが)みたいなものだ。
「でも裕介さんの車じゃ自転車二台積むのはちょっと無理な気もしますけど…//;」
「確かに二人乗ってギリギリだったな…//;」
レンタルした車はイギリスでは一般的に流通しているよくあるミニで坂道にとってはジャストサイズ。
しかし荷物を積むには到底向かず、二人分の荷物と持ち身を乗せるのがやっとだった。
兄貴から車借りればよかったんだろうが互いの仕事が忙しく捕まらなかったってのもあるが、
己でやれって事なのかもな…と、誰に言われたわけでもない妙な納得感もあった。
「裕介さんは…最近乗ってますか?」
「いいや、お前と同じ…バタついてて時間取れて無いショ」
坂道と同じく、俺の方も何かと多忙でのんびりするもの久しぶりだった。
無事に大学も卒業し大学院に進もうかとも考えたが、やっぱり現場に出たかったって思いが強く、
各方面の協力と奔走した甲斐もあって春から小さくはあるがアトリエを構えて独り立ちする目星が立っていた。
「そういえば忙しいって話してましたよね…
でも、裕介さんが僕に話してくれた夢が実現するんだって思うと凄く嬉しいですよ…//」
「あぁ…これで漸くスタートラインまで来たってカンジだ」
一度目の滞在中、俺が留学した理由を話した時に泣いていた顔が
今は優しく笑んで自分の事のように喜んでみせるので俺は迷わずに礼が言えた。
そうだ、先に進む事の期待とか楽しみ、そして何があるか分からない不安…
目に見えないからこそ進めるものも確かで俺なりに手探って、
時にはぶつかって、選んだ道を開いていこうと思っているところだ。
「今度は自転車で来るのもアリだな、お前はどうだ、坂道?」
「ハイ、僕もです//」
並べられた言葉はカッコつけて聞こえるだろうが大切な事には違いない、
そう思わせてくれるのも、隣を歩く恋人の存在が何よりも大きいものだった。
坂道の英国滞在は充電と休暇を兼ね備えた良いタイミングを与えてくれて、
以前同様これからの転機を迎える俺に新しい力を分け与えてくれるもの。
マジで感謝せずにはいられない。
「さて、ぼちぼち戻るか…歩きだし、ヘタすると夕食の時間に間に合わなくなるショ」
携帯を取り出し時間を確認してみると、戻って一時間弱ってところか…。
おおよその目安を付けた俺達はのんびり帰路を戻ることにした。
軽い散歩のつもりで徒歩を選んだはいいが、互いの積もる話をしているうちに
結構な遠出になってしまった事にも全然気が付かないでいた。
日は傾いてはいないが何せこの辺は街灯や人通りが極端に少ない、明るいうちに帰るのがベストだ。
「どんな料理が出てくるのかなぁ~ちょっと心配でもありますけど…//;」
「ん~話じゃ結構美味いモノが出てくる…らしいショ」
「でも僕、以前のレストランで食べた味がまだ抜け無くて…//;」
そういやそんな事もあったな…と懐かしい思い出が脳裏に蘇る。
あん時の顔を見れば味は容易に想像出来そうだが、まぁ…良い勉強だったと思ってもらう他に無い。
「何事も体験すんのが一番分かるモンだろ?」
「それはそうですけど…でも、裕介さんと一緒なら美味しいと思います、多分//」
「クハッ…そいつはどーも…//」
他愛もない会話の中、急ぐ必要もない二つの歩む足は何気無く揃っていて、
草を踏む音や風が服に当り散って行く音が時折途切れた言葉を繋ぐように相槌を打ってみせる。
与えられた特別な時間だっていうのに、さも当たり前のように感じちまう…。
こんな風に近い距離で坂道の傍に居られたら
不安も心配もさせずにすむんだろうが実際そうそう都合良くはいかないショ。
恋人同士である前に一人の人間同士、己で掲げた目標に向かい
坂道は新たに春から走り始めなければならないのだから…いうなれば今は節目、
学生から社会人になるという大きく変化を迎える中での休息期間…
それは二人のこれからを話すにも丁度良い頃合だろうと俺は内々に考えていた事があった。
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