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5月12日 巻坂長編その2UP。
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大学から数キロ程離れたアパートは築10年ちょいのほどよく新古な感じで、家賃も手頃。
玄関を開けば愛車のビアンキが斜めがけられていて人一人通るのがギリギリのスペース。
引っ越したばかりで部屋ン中はまだまだ片付いてはいないが日常暮らすぶんには困らない。
ダンボールが占めるゴチャゴチャした部屋を見渡しながら鍵を壁に掛けると、
冷蔵庫からストックしておいたベプシを引き取ってソファーにどっかり腰を下ろした。


「あぁー…もうちょい片付けねぇーと人呼べねぇーな…」


慣れない事をした疲れが出始めたらしく、重くなった肩を上下させながらペットボトルのキャップを捻り開ける。
ブシュ…と炭酸の抜ける音と喉を鳴らす音が空間に響き、潤った喉からは爽快の溜息が漏れた。
そういやロフトはまだ荷物詰め込んだままじゃん…つーか、邪魔が入って中々片付かねぇーし。
言い訳じみて聞こえるかもしれねぇーがコイツは事実、俺の心情を読んだようにガタ!!と、物音にしてもデカい音が
頭上、ロフトから響き聞こえてきたので態とらしい溜息を聞かせてやった。


全くなんだってンだよ…マジで…つか、なんで平然と俺の家に居るんだろうかと不満はタラタラだ。
元はといえば相手の興味をヘンに引いちまったのが運の尽き…悠々自適の新生活に
フラリと呼びもしない奇妙な同居人が出来ちまったのがちょうど一週間前あたりだったと思う。


「…あぁ?ウッセーっての、つかお前自分の仕事しなくてイイのかよ;」


ロフトから響く甲高い声に聞こえる程度には充分な音量で答え返すと、
逆さまになった顔が俺の頭上から覗き込んで答えを返してみせた。
その話したる内容といったら実に勝手で自分だって予定外だと宣う、
少しの興味が身を滅ぼすとは何処かのドラマや映画の台詞に聞いたことがあったが
今こうして目の前に事実として晒されると後悔も何もあったもんじゃねぇーよ、事故だ事故。


「お前の仕事内容とか俺には関係ねぇーし…居てもいいが静かにしてろ、でなきゃ追ン出すぞ!!」


待遇としては悪くないだろう、むしろ優遇してやってると言ってもいい。
まぁ俺にしか見えてねぇーみたいだし身元実態は怪し過ぎるが実害が無いだけマシだ。
俺の言葉に相手はニヤリと口元で笑い、胸元で両腕を組んで良しとした頷きをみせた。
これじゃどっちが家主かわかんえぇーじゃん…馬っ鹿馬鹿しい。
二度目の溜息に半分ほど飲み終えたベプシをテーブルに置いて、ちらつく逆さまの顔を手で払って俺は天井を見上げた。
換気用のプロペラ、室内を照らすには小さい照明が数ヶ所ある、あと、いまだにガタガタと何かやってるロフトからの音。
もういい…勝手にやってろと俺は物音に声も掛けずにボーッと天井を見上げ続けた。


『もしもし荒北さんですか、僕です、小野田です…//』


電話で聞いた小野田チャンの声は使い古された応対挨拶さえ耳に心地良かった。
思い返せば雰囲気も何も無かったあんなぶっきらぼうな告白に頷いてくれたのも信じらんねぇーし、
今こうやって付き合えてるって事実は奇跡に近いものを感じる。
素直になるとかどんな感覚なのかもイマイチ分かんねぇーけど、小野田チャンといる時は気兼ねしないのは確かだった。
初対面の時の印象は少なくとも良いものでは無かっただろうぜ。
インハイ後に初めて連絡した時なんてほぼ無言だったし、ビクビクしてた口調が柔らかくなるのにも時間が掛かったっけ。
ぶっつけ本番には慣れているつもりの俺だって小野田チャンとの関係には手探り状態だった。
ダチとの付き合いと恋人としての付き合い方の境目って何処だろう…同性同士だと尚の事分からなくなる。
なにせ中学時代から野郎ばっかの環境で、そんな中でも近寄りがたいとか言われる口調と見た目で
ごく一部の連中しか近付いてこなかった事を考えれば大した進歩じゃね?自分で言うのも変だが。


『遊びにですかっ、ハイ、勿論行かせていただきます…っ//
ありがとうございます、楽しみにしてますね//』



声だけを聞いてもどれだけ申し出が嬉しかったのかが伺える。
そりゃそうか…連絡も無しに自分の事に手いっぱいになってて挙句に携帯不通じゃそうもなるか。
小野田チャンの事だからイラねぇー心配とかしてたんじゃねぇーのかな…と申し訳無さが浮かんだ。
控え通り越して引っ込み思案だから言いたいこととかもあると思う、もっと明白な扱いとかをしたほうがいいのか?
もう少し優しく…?もっと恋人らしく…?それが分からねぇーから困ってんじゃねぇーか;!!
自問自答を繰り返して疲れ始めた脳ミソを休ませるつもりで室内を見渡すと
殺風景な壁に掛けた貰い物のカレンダーが映り、四月も中旬を過ぎている事がぼんやりと確認出来た。
大学に入学してオリエンテーションやらサークルの勧誘適当にこなしてりゃ日数なんてアッという間、
それは明日も変わらずにやってくんだろうな、あ、バイトも入ってたの今思い出したわ。
ポケットに突っ込んだままの携帯を取り出し、以前に登録したバイト時間を確認すれば短時間だが深夜帯にかかっていた。


(GW…休ませてくれっかな、できれば2~3日休み欲しいトコだ…。)


携帯を操作する電子音を繰り返していると、いつの間にか隣に移動していた影が
なにやら楽しそうに企んだ表情で大丈夫だろうと根拠も無く助言してみせた。
馴れ馴れしい通り越して顔が近ぇーよ…と、隣の顔を視線だけで睨んでも相手は動じる事もなく
画面に表示されたカレンダーを指差しながら二、三度頷いて自分も携帯を取り出して何かやり始めたらしかった。
そいつを横目に俺も自分の予定表に休み希望とメモに書き加えて携帯を閉じてソファーから立ち上がって身体を伸ばした。


「さてメシ…何にすっかなー…」


窓の外は日も落ちて、赤紫がかった空が深い青を滲ませ始めていた。
時間を確認すれば帰ってきてから一時間近く経っていたらしく、だいぶゆっくりしていたらしい。
腹も結構減ってきているが、さっき冷蔵庫を開けた時に見た内容を思い出してもベプシが3本と調味料が数個入っていた記憶しかない。
パンは今朝食ったし夕食も同じものなんざ食いたくねぇーなァ…帰りにコンビニでも寄って来れば良かったとやや後悔している俺に
明後日の方向から和食が食いたいという声が聞こえてきた。


「テメェーで勝手に食いやがれ」


素っ気無く却下の返答を投げると、何故だって不服げな表情で首を傾げる。
料理は出来ないわけじゃねぇーけど明日も早ぇーし食うにしても手軽に作れるものの方がいい。
すると手元の携帯が連続的に震え出し、ディスプレイには新開の文字が光光と表示された。
この時間帯に電話掛けてくるって事は多分メシの誘いだろう、どうやら晩飯は外食になりそうだと
通話ボタンを押して応答に出た。


「よぉ、飯なら付き合うぜ」

『お前…もしもしくらい言わせろよ靖友//;』


驚きつつ苦笑うような声色で、そうだなと答える新開の声を耳にしながら
上着と鍵を引っ掴んでスニーカーに片足を突っ込んだ。
俺が小野田チャンと付き合っていると知っている数少ない人物からの電話は
気分を入れ替える良いタイミングだったらしくあれこれ悩んでいた頭が少しスッキリした感じがする。
部活でも気心の知れた新開の事だ、俺からフラなくても感づいて話の一つ二つ聞いてくるだろうと
安直な他力本願を思い隠しながら玄関のドアを押し開いた時だった。


「おっと…あぶねぇーあぶねぇー//;」


ふと思い出したように上着のポケットに手を突っ込み、
白い手のひらサイズの封筒を取り出して下駄箱の引き出しへ閉まった。
折角受け取って来たってのに無くしちゃ洒落になんねぇーよナァ…//;
両足にきちんと納まったスニーカーを馴らす俺の耳には
今だに和食だ、肉じゃがが食べたいと騒ぐ声が聞こえている。

来んなっつてもさっきみたいにどうせくっついてくるんだろォ?
騒がしい望んだ覚えの無い同居人にさり気無く視線で行くぞと合図すると、
当然だと言わんばかりの笑顔で後に続いた影と共に俺はもう一度街へと出かけることにしたのだった。


【…続…】
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