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5月12日 巻坂長編その2UP。
(巻島裕介)
家を出てから数分後、俺は早くも目的地に到着していた。
と、いってもごくごく近所なわけで移動時間も差ほどかかってはいない。
セカンドハウスの近所では毎日のように大勢の人で賑わうマーケットが開催されていて
食品からファッション、アンティークや骨董までジャンルは幅広く軒を連ねている。
人混みが苦手で普段は横を素通りするだけのマーケットに
何故わざわざ来たかといえば勿論、目的があっての事だった。
「Thank you」
目当てにしていた最後の買い物も済ませ、店員に挨拶をしてその場を離れる。
観光客や地元民が往来する人波は空っぽの身軽な状態でも不自由だと思っていたが
荷物をもった状態では予想以上に非常に歩きにくいものだった。
「無事に買えたは良いが…やっぱ流石に重いショ;」
ずっしりと利き腕にかかる重みにボヤきつつも
往来する人波を上手く避けながら歩いてみるが足取りはなかなか進みやしない。
大通りに出ればタクシー拾えるが、この人混みにノロい流れじゃ先は遠いな…;
諦め半分で荷物を抱え直しながら遠くに映る出口を目指して流れに身を任せた
病み上がりで無くとも坂道を連れてこなくて良かったと思い直した。
(しっかし人多過ぎ…;)
昨日、俺は坂道にイギリスに来た理由を偽りなく話してみせた。
勝手な行動を納得して欲しいとか、離れた理由を明確にしたかったとか…
そんな事実は二の次、ただ坂道に聞いて欲しかったんだと思う。
話を聞き終え、泣き出した坂道に気が付いた時には俺自身、
言葉に詰まってどうしたらいいか分からなくなっちまったが
一言一言を伝えようとする坂道の声に胸の中に熱い感覚が広がっていくのがわかった。
いっそのこと抱きしめてしまおうかとさえ思ったが最後の理性がそいつを阻止してみせ、
変わりに頭を撫でると坂道は涙交じりに笑顔を見せてくれたおかげで
とりあえず俺も一安心したが、家に帰ってからソイツは姿を現し始めやがったんだ。
話をするに伴い、多少の覚悟はしていたが流石に熱が出るまでは俺も考えていなかった。
良くも悪くも坂道にとってはやはりショックだっただろうが、予想していた事態にも冷静に対処することができた。
その他の原因として思い当たる事も多々…、慣れない土地への一人旅行、
一緒に暮らし始めての食事は普段食い慣れないものばかり…、思い返せば自分の管理が甘かったと思わざるおえない。
幸いにも直ぐに坂道は眠ってくれたので安心はしたがこの状況を変え無きゃ解決はしないだろう。
今朝には熱も引いて一見すれば元気になったようにも思えるが油断は出来ない。
今日はその罪滅ぼし…に、なるかは分からないがやってみる価値はあるだろうと
こうして買出しに出てきたわけだが上手くいく確証は正直、全くと言っていいほど無い。
(ノープランで此処まで来ちまったが、何とかなるっショ…多分。)
考えている中でも歩き続けたおかげで漸くマーケットの人波から抜け出す事が出来た俺は
運良く通りかかったタクシーに乗り込み、その場を後にした。
一時的に解放された腕の重みを散らすように交互に両腕を揉みながら隣に置いた荷物に視線を向けて息をつく。
さて、何が出来る事やら…まぁ、坂道が喜んでくれれば俺はそれで充分なんだがな…//
気が付けば浮かぶ坂道の笑顔に頬を緩ませながら俺はタクシーに揺られ
数分先の坂道の待つアパートへの帰路を急いだのだった。
………………………………
それから数十分後。。。
「うわぁ~いっぱい買ってきましたね、重かったんじゃないですか?」
「全然、このくらい余裕だ」
見栄の混じった会話の中、テーブルに次々と並べられていく食材を坂道は物珍しそうに眺めている。
買ってる時は実感が薄かったが改めてテーブルに広げてみるとその種類は思いの外多かった。
五階まで階段を昇る事に気が付いた時は止まる覚悟でエレベーターを使おうか迷ったが気合で乗り切った俺は頑張ったショ。
「すごい、お米まで売ってたんですか//?」
「あぁ、海外でも米は食うが主にサラダの付け合せになるらしいショ、後はパエリアとかか…」
思いつく限り買い漁った卵、牛乳、トマト、チーズ、魚に肉、
そして最後に一番底から取り出したのは透明のビニール袋に入った
二人分にしては多い気がする米、荷物が重かった一番の原因でもある。
ひと通りの材料を眺めつつ、適当に買ってきたにしては上出来だろうと俺の気持ちは満足していた。
すっかりくたびれた紙袋を丸めてゴミ箱に投げ捨てた後、キッチンの上戸棚を探るように覗きながら答えた。
調理器具は備え付けてあるって兄貴は言ってたから探せば何処にはあるはず、むしろ無いと困る。
それをアテにして材料買ってきたってところもあったしな…。
「坂道、シンク下の棚ん中探してくれるか?」
「はい!」
気持ち良く返事をしてみせた坂道は言われた通りに棚を開け、身体の半分を棚に隠しながら中を探し始めた。
小さいって便利だなと思いつつ、自分も腕を伸ばしながら中を手探ると冷たい金属が触れたので掴み出してみた。
捜索すること数分の結果、ひと通り料理に使えそうな器具を発見することが出来たが問題はここからだ。
これだけ材料と調理器具を広げておいた後には実に聞き辛い事だが言う外無いだろう。
「一応聞いとくが、坂道は料理出来る方?」
「それが…出来てせいぜい目玉焼きぐらいです//;」
「クハッ…安心しろ、俺も変わらないレベルだ//;」
頼りない限りの解答だが逆に安心したと言うと互いに笑い合っちまった。
どうやら経験は同等のようだし、気兼ねする必要も無さそうだと
俺達は手探りで初めてに近い料理を始めることにした。
米は普通の鍋で炊けるのかとか、味付けはどれを使えば良いのかから始まり
包丁を使う様にめちゃくちゃ不安がっては調理は中断され、中々進まず数時間後…
気が付けばいつの間にか外の景色は夕暮れに変わっていて時計を見ればもうとっくに夕食の時間になっていた。
「結構時間かかっちゃいましたね…//;」
「そう…だなぁ//;」
当初の予定では昼飯の用意をしていたハズだったんだが…と思いつつ
グラスにミネラルをーターを注いで坂道に差し出した。
紆余曲折ありつつも初めてにしてはなんとかそれっぽく様になった料理が
目の前に並ぶ中で漸く俺も自分の椅子へと腰を降ろした。
「僕の予定ではオムレツだったんですが、スクランブルエッグになっちゃいました;」
「俺の方は炊いてた米がリゾットっぽいものになったショ…つか、クタクタだ」
夕食にしては非常に消化の良いメニュー達、ちらりとシンクに目を移せば
この後に待ち受ける現実が山盛りになって片付けられるのを待っている始末…
やっぱ、やりなれないことはするもんじゃない、今日一番の教訓だ。
「でも、僕すごく楽しかったですよ!
初めて自分で料理しましたけど隣に巻島さんがいてくれたおかげでケガもしませんでしたし」
「オイオイ、下手なお世辞はよせよ//;」
「いえ、本当ですよ!」
当初の予定とはだいぶ違う有り様に弁明はいらないと苦笑いで答える俺だったが
坂道は首を横に振って表情を変えてみせた。
「僕がイギリスにいられる残り少なくなった日数の中でまた初めての経験が巻島さんと出来ました。
自転車以外で巻島さんと何か一緒にするって無かったから、それだけでも僕は充分に楽しかったんです」
坂道の言葉に近場のカレンダーに目をやれば、今日は7月6日。
そうだ、すっかり慣れちまったが坂道は日本に帰らなければならなかったんだ。
毎日のように一緒に飯食って話して出掛けているうちに全然そんな感覚も忘れていて
数日後に来る別れの事なんてこれっぽっちも、それこそ頭の片隅にさえ無くなっていた。
心が重みを感じて沈んでいきそうだ…
「まぁ…料理はこんなだが、俺も楽しかったショ…//
冷めないうちに食おうぜ、坂道」
「ハイ、いただきまーす//!」
胸のショックを誤魔化すように向かいに座る坂道に言うと表情を和らげて安心したように頷いてくれた。
俺の好きな笑顔に気分が少しだけ軽くなったように思える中で俺達は不格好な手料理を食べ始め、他愛もないが心地良い会話を繰り返した。
数日後には嫌でも現実が待っているのだから今はこの時間を大切にするのがベストだろう。
幸いと言っては変かもしれないが見た目に反して味はなかなか満足の出来に仕上がっていて
それは坂道の表情からも同じ感想だということが見て取れた。
「そう言えば巻島さん、どうして料理の本は買ってこなかったんですか?
今更だけどあったら色々便利だったんじゃないかなー…って…」
ふと思ったのか坂道にもっともらしい疑問を聞かれたが
買ってこなかった理由に一人苦笑しながら器用にスクランブルエッグを掬いつつ答える。
「あぁ、それはビックリするほどアテになんないからっショ。
最近オーガニックが流行ってるっては聞いてるが、基本味がしない…
それにレシピ通りに作ったら味が想像を超えるものになっちまうと思ったから止めにした」
「例えば…どんなものですか?;」
「ローストビーフにペパーミントソース…とか?」
「えっ…ミートソースじゃなくてですか;?」
ちょっと焼きすぎたかもしれないベーコンを齧りながら頷いてみせると
味の想像がついたのか、はたまた想像さえ出来なかったのか坂道の表情が微妙に崩れて困っている。
俺も何度も読み返したが文面はやっぱり変わらなかったと付け加えると
自分達の料理は美味しいんですね、と、ややイギリス人に失礼な解答が返ってきて思わず笑っちまった。
こうして何時もよりゆっくりと食事は進み、ゆったりと流れる二人の時間を俺は満喫した後、
二人で山盛りになった食器や調理器具を片付けながら明日は街中に出掛けようと誘うと坂道は大喜びして頷いてくれた。
最終日くらい、ちゃんとロンドンを満喫してってくれなきゃ俺と一緒に居たってダケで旅行してきたってイメージつかないショ。
ちゃんと楽しませてやらなきゃな、と明日の計画を立てつつも不意に湧いてくる寂しさ。
もうすっかり坂道は俺にとって欠かせないものになっているんだと自覚しつつシャワーを浴びて部屋に戻ると
普段ならとっくに寝ているハズの坂道がまだ起きていて、荷物の整理をしているのが見えた。
「あ、おかえりなさい巻島さん」
「珍しいな…まだ起きてたのか」
もう少しで日付も変わろうとしている時刻だぞ、と首に掛けたタオルで外しながら思っていると
カバンの蓋をしっかり閉めた坂道が足早に近寄ってきた。
「昨日は僕がベッド占領しちゃってたみたいで、今日は巻島さんが先に寝てください」
「えっ゛…っ//;」
坂道の言葉に思わず変な声が出ちまった。
どうやら俺が別の場所で寝ていたことには気が付いていないらしいが
確かに昨日は容態を診るのに一晩ベッドサイドにいたが途中で起きたのか…眠っちまってて気が付かなかったショ;
「ぃ…いいって、そういうの…//;
昨日はお前の具合が悪かったからたまたま…;」
「いいえダメです、僕だって巻島さんの身体が心配なんですからどうそ先に寝てください、そしたら僕も寝ます」
これ以上の会話はボロが出る…俺の欲求を抑え続けた努力が水の泡になっちまうのか;
真っ直ぐに俺を見つめる坂道の瞳に視線が外らせない…とうとう観念する時が来たらしい。
残り二日間、ここで坂道を傷つけない為だと自分に言い聞かせ、俺は分かったと頷きベッドルームへと足を向かわせた。
シーツを引っ張りベッドに入るのを確認した坂道はサイドスイッチに手を掛けながら
おやすみなさいの一言を残して電気は消され、間も無くすぐに隣で沈んだスプリングの感覚が身体に伝わってきた。
隣に居るんだよな…なんて当たり前の事を思いつつ、
俺は目を閉じて眠る努力をしながらも意識はどうしても坂道に向かって思ってしまう。
ソファーで寝るよりよっぽツライかも知れない…いよいよヤバイっショ…いいかげん気持ちが抑えきれそうに無ぇーわ。
こんなことなら昨日のあん時に抱きしめときゃ良かった…せっかくのチャンスを俺のバカ//;
心臓の鼓動が聴こえないかが気が気でない俺を他所に既に隣で坂道は寝息を立てていて
勘弁してくれと一人悶々とした思いの中、何か別の事を考えようにも何も浮かばないまま
夜は更けていくばかりだった。
~episode 7に続く~
家を出てから数分後、俺は早くも目的地に到着していた。
と、いってもごくごく近所なわけで移動時間も差ほどかかってはいない。
セカンドハウスの近所では毎日のように大勢の人で賑わうマーケットが開催されていて
食品からファッション、アンティークや骨董までジャンルは幅広く軒を連ねている。
人混みが苦手で普段は横を素通りするだけのマーケットに
何故わざわざ来たかといえば勿論、目的があっての事だった。
「Thank you」
目当てにしていた最後の買い物も済ませ、店員に挨拶をしてその場を離れる。
観光客や地元民が往来する人波は空っぽの身軽な状態でも不自由だと思っていたが
荷物をもった状態では予想以上に非常に歩きにくいものだった。
「無事に買えたは良いが…やっぱ流石に重いショ;」
ずっしりと利き腕にかかる重みにボヤきつつも
往来する人波を上手く避けながら歩いてみるが足取りはなかなか進みやしない。
大通りに出ればタクシー拾えるが、この人混みにノロい流れじゃ先は遠いな…;
諦め半分で荷物を抱え直しながら遠くに映る出口を目指して流れに身を任せた
病み上がりで無くとも坂道を連れてこなくて良かったと思い直した。
(しっかし人多過ぎ…;)
昨日、俺は坂道にイギリスに来た理由を偽りなく話してみせた。
勝手な行動を納得して欲しいとか、離れた理由を明確にしたかったとか…
そんな事実は二の次、ただ坂道に聞いて欲しかったんだと思う。
話を聞き終え、泣き出した坂道に気が付いた時には俺自身、
言葉に詰まってどうしたらいいか分からなくなっちまったが
一言一言を伝えようとする坂道の声に胸の中に熱い感覚が広がっていくのがわかった。
いっそのこと抱きしめてしまおうかとさえ思ったが最後の理性がそいつを阻止してみせ、
変わりに頭を撫でると坂道は涙交じりに笑顔を見せてくれたおかげで
とりあえず俺も一安心したが、家に帰ってからソイツは姿を現し始めやがったんだ。
話をするに伴い、多少の覚悟はしていたが流石に熱が出るまでは俺も考えていなかった。
良くも悪くも坂道にとってはやはりショックだっただろうが、予想していた事態にも冷静に対処することができた。
その他の原因として思い当たる事も多々…、慣れない土地への一人旅行、
一緒に暮らし始めての食事は普段食い慣れないものばかり…、思い返せば自分の管理が甘かったと思わざるおえない。
幸いにも直ぐに坂道は眠ってくれたので安心はしたがこの状況を変え無きゃ解決はしないだろう。
今朝には熱も引いて一見すれば元気になったようにも思えるが油断は出来ない。
今日はその罪滅ぼし…に、なるかは分からないがやってみる価値はあるだろうと
こうして買出しに出てきたわけだが上手くいく確証は正直、全くと言っていいほど無い。
(ノープランで此処まで来ちまったが、何とかなるっショ…多分。)
考えている中でも歩き続けたおかげで漸くマーケットの人波から抜け出す事が出来た俺は
運良く通りかかったタクシーに乗り込み、その場を後にした。
一時的に解放された腕の重みを散らすように交互に両腕を揉みながら隣に置いた荷物に視線を向けて息をつく。
さて、何が出来る事やら…まぁ、坂道が喜んでくれれば俺はそれで充分なんだがな…//
気が付けば浮かぶ坂道の笑顔に頬を緩ませながら俺はタクシーに揺られ
数分先の坂道の待つアパートへの帰路を急いだのだった。
………………………………
それから数十分後。。。
「うわぁ~いっぱい買ってきましたね、重かったんじゃないですか?」
「全然、このくらい余裕だ」
見栄の混じった会話の中、テーブルに次々と並べられていく食材を坂道は物珍しそうに眺めている。
買ってる時は実感が薄かったが改めてテーブルに広げてみるとその種類は思いの外多かった。
五階まで階段を昇る事に気が付いた時は止まる覚悟でエレベーターを使おうか迷ったが気合で乗り切った俺は頑張ったショ。
「すごい、お米まで売ってたんですか//?」
「あぁ、海外でも米は食うが主にサラダの付け合せになるらしいショ、後はパエリアとかか…」
思いつく限り買い漁った卵、牛乳、トマト、チーズ、魚に肉、
そして最後に一番底から取り出したのは透明のビニール袋に入った
二人分にしては多い気がする米、荷物が重かった一番の原因でもある。
ひと通りの材料を眺めつつ、適当に買ってきたにしては上出来だろうと俺の気持ちは満足していた。
すっかりくたびれた紙袋を丸めてゴミ箱に投げ捨てた後、キッチンの上戸棚を探るように覗きながら答えた。
調理器具は備え付けてあるって兄貴は言ってたから探せば何処にはあるはず、むしろ無いと困る。
それをアテにして材料買ってきたってところもあったしな…。
「坂道、シンク下の棚ん中探してくれるか?」
「はい!」
気持ち良く返事をしてみせた坂道は言われた通りに棚を開け、身体の半分を棚に隠しながら中を探し始めた。
小さいって便利だなと思いつつ、自分も腕を伸ばしながら中を手探ると冷たい金属が触れたので掴み出してみた。
捜索すること数分の結果、ひと通り料理に使えそうな器具を発見することが出来たが問題はここからだ。
これだけ材料と調理器具を広げておいた後には実に聞き辛い事だが言う外無いだろう。
「一応聞いとくが、坂道は料理出来る方?」
「それが…出来てせいぜい目玉焼きぐらいです//;」
「クハッ…安心しろ、俺も変わらないレベルだ//;」
頼りない限りの解答だが逆に安心したと言うと互いに笑い合っちまった。
どうやら経験は同等のようだし、気兼ねする必要も無さそうだと
俺達は手探りで初めてに近い料理を始めることにした。
米は普通の鍋で炊けるのかとか、味付けはどれを使えば良いのかから始まり
包丁を使う様にめちゃくちゃ不安がっては調理は中断され、中々進まず数時間後…
気が付けばいつの間にか外の景色は夕暮れに変わっていて時計を見ればもうとっくに夕食の時間になっていた。
「結構時間かかっちゃいましたね…//;」
「そう…だなぁ//;」
当初の予定では昼飯の用意をしていたハズだったんだが…と思いつつ
グラスにミネラルをーターを注いで坂道に差し出した。
紆余曲折ありつつも初めてにしてはなんとかそれっぽく様になった料理が
目の前に並ぶ中で漸く俺も自分の椅子へと腰を降ろした。
「僕の予定ではオムレツだったんですが、スクランブルエッグになっちゃいました;」
「俺の方は炊いてた米がリゾットっぽいものになったショ…つか、クタクタだ」
夕食にしては非常に消化の良いメニュー達、ちらりとシンクに目を移せば
この後に待ち受ける現実が山盛りになって片付けられるのを待っている始末…
やっぱ、やりなれないことはするもんじゃない、今日一番の教訓だ。
「でも、僕すごく楽しかったですよ!
初めて自分で料理しましたけど隣に巻島さんがいてくれたおかげでケガもしませんでしたし」
「オイオイ、下手なお世辞はよせよ//;」
「いえ、本当ですよ!」
当初の予定とはだいぶ違う有り様に弁明はいらないと苦笑いで答える俺だったが
坂道は首を横に振って表情を変えてみせた。
「僕がイギリスにいられる残り少なくなった日数の中でまた初めての経験が巻島さんと出来ました。
自転車以外で巻島さんと何か一緒にするって無かったから、それだけでも僕は充分に楽しかったんです」
坂道の言葉に近場のカレンダーに目をやれば、今日は7月6日。
そうだ、すっかり慣れちまったが坂道は日本に帰らなければならなかったんだ。
毎日のように一緒に飯食って話して出掛けているうちに全然そんな感覚も忘れていて
数日後に来る別れの事なんてこれっぽっちも、それこそ頭の片隅にさえ無くなっていた。
心が重みを感じて沈んでいきそうだ…
「まぁ…料理はこんなだが、俺も楽しかったショ…//
冷めないうちに食おうぜ、坂道」
「ハイ、いただきまーす//!」
胸のショックを誤魔化すように向かいに座る坂道に言うと表情を和らげて安心したように頷いてくれた。
俺の好きな笑顔に気分が少しだけ軽くなったように思える中で俺達は不格好な手料理を食べ始め、他愛もないが心地良い会話を繰り返した。
数日後には嫌でも現実が待っているのだから今はこの時間を大切にするのがベストだろう。
幸いと言っては変かもしれないが見た目に反して味はなかなか満足の出来に仕上がっていて
それは坂道の表情からも同じ感想だということが見て取れた。
「そう言えば巻島さん、どうして料理の本は買ってこなかったんですか?
今更だけどあったら色々便利だったんじゃないかなー…って…」
ふと思ったのか坂道にもっともらしい疑問を聞かれたが
買ってこなかった理由に一人苦笑しながら器用にスクランブルエッグを掬いつつ答える。
「あぁ、それはビックリするほどアテになんないからっショ。
最近オーガニックが流行ってるっては聞いてるが、基本味がしない…
それにレシピ通りに作ったら味が想像を超えるものになっちまうと思ったから止めにした」
「例えば…どんなものですか?;」
「ローストビーフにペパーミントソース…とか?」
「えっ…ミートソースじゃなくてですか;?」
ちょっと焼きすぎたかもしれないベーコンを齧りながら頷いてみせると
味の想像がついたのか、はたまた想像さえ出来なかったのか坂道の表情が微妙に崩れて困っている。
俺も何度も読み返したが文面はやっぱり変わらなかったと付け加えると
自分達の料理は美味しいんですね、と、ややイギリス人に失礼な解答が返ってきて思わず笑っちまった。
こうして何時もよりゆっくりと食事は進み、ゆったりと流れる二人の時間を俺は満喫した後、
二人で山盛りになった食器や調理器具を片付けながら明日は街中に出掛けようと誘うと坂道は大喜びして頷いてくれた。
最終日くらい、ちゃんとロンドンを満喫してってくれなきゃ俺と一緒に居たってダケで旅行してきたってイメージつかないショ。
ちゃんと楽しませてやらなきゃな、と明日の計画を立てつつも不意に湧いてくる寂しさ。
もうすっかり坂道は俺にとって欠かせないものになっているんだと自覚しつつシャワーを浴びて部屋に戻ると
普段ならとっくに寝ているハズの坂道がまだ起きていて、荷物の整理をしているのが見えた。
「あ、おかえりなさい巻島さん」
「珍しいな…まだ起きてたのか」
もう少しで日付も変わろうとしている時刻だぞ、と首に掛けたタオルで外しながら思っていると
カバンの蓋をしっかり閉めた坂道が足早に近寄ってきた。
「昨日は僕がベッド占領しちゃってたみたいで、今日は巻島さんが先に寝てください」
「えっ゛…っ//;」
坂道の言葉に思わず変な声が出ちまった。
どうやら俺が別の場所で寝ていたことには気が付いていないらしいが
確かに昨日は容態を診るのに一晩ベッドサイドにいたが途中で起きたのか…眠っちまってて気が付かなかったショ;
「ぃ…いいって、そういうの…//;
昨日はお前の具合が悪かったからたまたま…;」
「いいえダメです、僕だって巻島さんの身体が心配なんですからどうそ先に寝てください、そしたら僕も寝ます」
これ以上の会話はボロが出る…俺の欲求を抑え続けた努力が水の泡になっちまうのか;
真っ直ぐに俺を見つめる坂道の瞳に視線が外らせない…とうとう観念する時が来たらしい。
残り二日間、ここで坂道を傷つけない為だと自分に言い聞かせ、俺は分かったと頷きベッドルームへと足を向かわせた。
シーツを引っ張りベッドに入るのを確認した坂道はサイドスイッチに手を掛けながら
おやすみなさいの一言を残して電気は消され、間も無くすぐに隣で沈んだスプリングの感覚が身体に伝わってきた。
隣に居るんだよな…なんて当たり前の事を思いつつ、
俺は目を閉じて眠る努力をしながらも意識はどうしても坂道に向かって思ってしまう。
ソファーで寝るよりよっぽツライかも知れない…いよいよヤバイっショ…いいかげん気持ちが抑えきれそうに無ぇーわ。
こんなことなら昨日のあん時に抱きしめときゃ良かった…せっかくのチャンスを俺のバカ//;
心臓の鼓動が聴こえないかが気が気でない俺を他所に既に隣で坂道は寝息を立てていて
勘弁してくれと一人悶々とした思いの中、何か別の事を考えようにも何も浮かばないまま
夜は更けていくばかりだった。
~episode 7に続く~
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