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5月12日 巻坂長編その2UP。
「今日さぁ…此処に連れてきたのは課題提出も
勿論そうだが、もう一つ目的があってお前を連れてきたんショ。」


「僕を連れてきた目的…ですか?」


「そう、お前に聞いて欲しい話があるショ」


固くは無いけど真剣な表情の巻島さんにドキリとした。
とりあえず座ろうと道沿いにあったベンチを見つけて指を指し、僕達は腰を下した。
また止まってしまった会話の中にそよ風に揺れた木々が葉を揺らして通り過ぎていく。
何を話すのだろう…と、視線を合わせられないままでいると
人より長い足をベンチから伸ばして、巻島さんは静かに話し始めた。


「俺は、やりたいことがあるって途中退部までしてイギリスに留学した。
だが理由らしい話を誰にも言って無い、金城にも田所っちにも…
俺は夢とか将来とかを熱く語るガラでもねぇーケド別に恥ずかしいからとかなワケじゃ無い、
強いて言うならばインターハイ後で盛り上がるお前達に水を指したくは無かったってのは少しあるかもな…」


僕はこくりと一度頷いて返事をしたのと同時に、そういえば巻島さんが
イギリスに留学した理由って何だったのだろうと僕は改めて思った。
やりたいことがあるから、お兄さんの仕事を手伝って…というのは聞いていたけれど
詳しい内容は誰も事は誰も何も話さなかった。
ううん、話さなかったんじゃない、巻島さんは話してなかったんだ…と、僕は理解した。


「兄貴がやってる仕事ってのがファッション関係の仕事でさ、コレクションとか展示会とかにも結構出してンの。
それを手伝いながら俺も色々と教えてもらいつつ、こうして学校に通って学んでる途中、まだまだ駆け出し状態だ」


「ファッションだったんですか…、…あ、だからexpo会場でも!」


僕の言葉に巻島さんは頬を掻いて頷いてみせた。
そうだ覚えがある、expo会場でファンション関係のブースを熱心に見ていた理由はこれだったのか…


「でも、どうしてファッションだったんですか…巻島さんだったら他にも色々あったんじゃ…」


「買いかぶり過ぎショ、俺はンな器用な人間じゃねぇーよ;」


それは紛れも無く僕の本心だけど、巻島さんにしてみたら生意気に聞こえたに違いない。
クライマーとしてもズバ抜けていて頭も良いのに選んだ将来の選択が意外過ぎる気がする。
家にお邪魔したときも、今もそうだけど巻島さんの服装は独特だと部活のみんなはこっそりと話しているのも
聞いたことがあるけれど、僕にはカッコ良く見えているので未だに良く理解出来ずにいる。
何故?の表情の僕に今度は表情を和らげてみせた巻島さんはまた話し始めた。


「ロードは今でも好きだし走りたいと思う、だけどそれと同時に思うことが有るんショ。
将来独立して自分の力でロードのスポンサーになる、或いはウェアーのデザインをしたい、
自分でレースに出ていた時に感じた経験を一生の仕事にできたら、それは最高にヤリ甲斐がある仕事だ。
それに自分が走らなくても誰かの支えになって一緒にレースに出られるなんてスゲー気持ちのいい事だと思うんショ」


巻島さんの言葉一つ一つが耳から脳へと伝達されいく。
口が言葉にしない変わりに全身に鳥肌が駆け上がっていった。
独創的でカッコ良い、まるで別の事柄のように思えるのに行き着く先は一つ。
それはとても巻島さんらしさの溢れる将来の答えだと思える。
理由から結末まで今日初めて聞いた僕なのに納得感が半端じゃない。


「これが俺が留学した理由だ…初めて人に話してみると
ヘンに緊張するが気分がいい思いがスルわ」


「………」


「坂道、坂道…?」


すっかり言葉も忘れて、唯々巻島さんの話に聞き入っていた僕に
手を翳して振りながら名前を呼ぶ声に気がつくのに少しだけ時間がかかった。
語られた真実にどうしようも無く胸が熱くなっていく…
何度目かの呼び掛けの声に振られる手より視界を上げて僕は巻島さんの顔へ視線を合わせた。


「…よかった…です」

「…?」


僕から出た最初の言葉に巻島さんは首を傾げている様子だった。
語らえた夢は紛れも無く壮大でスゴイ事で想像は膨らむけれど実態は朧気で確かじゃない。
だけどなんて素敵な夢なんでしょうか//!!
伝えたい言葉は選べないほど沢山浮かび出てくるのに、それよりも先に
口元から生まれたのは相手にも僕自身も意外な言葉だった。


「…僕、巻島さんの話を聞いて、今とても安心しています…!
そんな事、絶対に無いって思ってたけど、巻島さんは急に部活を辞めて留学したし…
インターハイで全て出し切っちゃったから、もうやる事はオシマイって思ったのかなって…
でも、でも!!今のお話を聞けて、不安だった事が全部吹き飛んでいきました…だから!!」


震える心と纏まらない言葉を繋ぎ合わせながら、なんとか話しをする僕に
巻島さんは驚いた表情を変えないままでいたけれど、スッ…と手が伸びてきた。



「なんで、泣いてるショ…」

「ぇ……ぁ、アレ…」


伸ばされた手は僕の頭へと乗せられ、何度も優しく撫でてくれていた。
言われて初めて気が付いた、いつから僕は泣いていたのかな…全くわからなかった。
心から安心した事半分、と同時に目標でもあり、願いでもあった思いがぶつかっている。

付かず離れず、一定の距離、近づいたと思えば離れてしまう
けれど遠いと思えば隣に居てくれる、なんだろう、この不思議な感覚。
僕に話すのが初めてで、それが特別な事だっては感じたけれど
僕と巻島さんの間にある距離を実感させるものでもあった。
どうしようも出来ない、この埋められない距離に胸が熱くなるのに苦しい思いだ。
こんなに先を考えて進んでいる巻島さんは、やっぱりどうしようも無く遠いや…


「すっ…スイマセンっ…//;
なんでだろうゴメンナサイ…僕、どうして泣いてるんだろ…//;」


すっかり頬の下に落ちた涙を慌てて両手で拭きながら謝ると
頭を撫でていた手に、やや力が入ったのが分かった。
天辺から後頭部へと移動した手の平がゆっくりと押され、優しい力に僕は下を向く他に無かった。


「お前はつくづく優しいヤツだなぁ…
人の為に喜ぶ事は出来ても泣ける奴はそうそういない、
不安にさせたのは悪かったショ、坂道。」


また優しく撫でられた頭に涙は止まらず熱く流れるばかりだった。
悲しくは無いんだけれど、どうしてか止まらなかった。
隣に居て、話をしてくれて、頭を撫でてくれる巻島さんの手に
ただ与えられた安心感からなのかな…


「ありがとな、坂道…」


まるで空から降りてくるように聞こえた巻島さんの声に
僕の方こそ…と、頷きながらハイ、と小さく僕は答えた。
暫くはそうしていたけれど時間が止まるわけでもなく過ぎていって、
そろそろ帰ろうと立ち上がった巻島さんは手を繋いでくれた。
季節は夏だっていうのに繋いだ手はとても温かくて、
僕の中にある憧れから好きに変わった気持ちがまた一つ、確かに大きくなってみせた帰り道だった。



~episode 6に続く~
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