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5月12日 巻坂長編その2UP。

荒北さんの暮らす部屋は一人暮らしには充分なくらいのワンルーム。
お風呂とトイレの他にロフトがあるシンプルな作りのものだった。
以前の箱根学園の時の寮生活がどんなものだったか僕は知らないけど
なんていうか部屋の雰囲気は飾り気がなくてシンプル、それがとっても荒北さんらしかった。


「あっっ!!クッソ、アイテム取り逃した…っ;」

「大丈夫ですよ、そのまま行っても充分強いですか…あああ前来ますよ、前っ;!!」



日も沈み、窓の外には灰色を混ぜた夜の風景が映っている。
荒北さんの部屋にお邪魔して間も無く、というか荷物を置いて直ぐに僕達はそのまま
夕食の材料を買いに出かけて、帰ってきたのはだいたい一時間後くらいだった。
何を食べるかと二人で悩んで簡単なものがいいだろうとメニューはパスタとサラダに決定し、
僕も手伝わせてもらって二人で料理したのが二時間前、今は僕が持ってきたゲームを楽しんでいる真っ最中だ。


「あぁー…やっぱさっきの取ってた方がよかったんじゃね;?」


コントローラーを片手に思うように進まない展開に荒北さんの横顔は苦々しく呟いた。
今やっているのはレトロゲームを詰め合わせたソフトでいろんなゲームが楽しめるものだった。
荒北さんがプレイしているのは大判タイトルの有名なシューティングゲームで
操作もシンプルだし、難しいボタン操作も無いかわりにシステムも昔のままで譲歩が無い。
ある程度までレベルアップすれば怖いものナシだけど、一度でも当たれば各ステージ最初からやり直しになるから
リセットした方がやりやすいパターンのものだった。


「あれを取ればシールド機能が付くんですよね。
でも充分装備も揃ってますし、このままステージボスに挑んでも荒北さんなら勝てますよ//」


ボス手前でポーズを掛けた画面を見ながら僕が答えると
コントローラーを両手に握り直し、荒北さんはニヤリと笑って頷いてみせた。


「小野田チャンがいうなら負けらんねぇーし…つか、負けねぇーし//」

「ハイ、このステージ超えたらラスボスです!」

「っしゃ!!」


気合の入った一声を上げ、荒北さんはスタートボタンを押すと
再び画面は横スクロールし、目の前には巨大な戦艦が現れた。
巧みなコントロール捌きを見せながら荒北さんは次々にパーツを破壊し、核を撃破、見事ボスに勝利した。
しかしラストステージの難易度は高く、中間地点を超える前に残機は無くなってしまい
ゲームオーバーの文字が8bitの小宇宙に描かれてみせたのだった。


「んだよ、最後の鬼のような弾幕、あれ避けンのか?」

「荒北さんが設定してたのは最高難易度でしたし、あれくらい出ても可笑しくないですって//;」

「クッソ…次はぜってぇークリアしてみせっからな…っ!」


本当に悔しかったらしく、納得のいかないとばかりに暗くなった画面を睨みつけながら
ガシガシと髪を掻く荒北さんに僕のフォローは届いているのか分からない。
でも楽しかったのも本当みたいで良かったと僕も安心してゲームの電源を落とした。


「風呂どーする?」

「僕は後で大丈夫です、着替えとか出さないといけませんし」

「そ、俺あんま時間かかんねぇーから適当にテレビでも観て時間潰しててくれ」

「ハイ、わかりました//」

僕の答えに荒北さんは頷いて立ち上がり、そのままドアを開けて部屋を出ていった。
良かった、久しぶりに会えた安心感もあるけれど一緒にいるとやっぱり楽しい。
僕の方にもハプニングがあったけど遠慮して連絡しなかった期間は
気にしないようにしててもやっぱり不安だったのは確かだった。
言葉にしてはまだ荒北さんから聞いていないけど、僕は荒北さんといると楽しいし幸せな気持ちになれる。
胸の中があったかくなる感じだ。



「…随分楽しそうだったじゃねぇーのォ、サカミチ」

「えっ……っ…」


その場に散らかったゲームを簡単に片付けながら頬の緩む感覚に浸っていると
不意に聞こえた背後からの声にビクリと背中が跳ねた。
手にしていたゲームソフトのパッケージが力の入った拍子にパキパキと乾いた音を鳴らして耳を追う。
荒北さんは今お風呂だし、僕を呼ぶのは一人しかいない…そう思いながらゆっくりと振り返ると
ソファーに肘を付きながら細い視線でも此方を見ているヤストモさんの姿があった。


「ヤストモさんっ…いつから居たんですかっ//;」

「あぁ?ずっと居たぜ、メシ食ってる時もオメェーらがゲームやってる時も」


それじゃさっきから見えなくても同じ空間にいたんだ、全く、全然気が付かなかった。
それがヤストモさんの仕事だと分かっていても無性に恥ずかしい気がする…//;


「そ、そう、だったんですか…ゴメンナサイ、全然気が付きませんでした//;」

「ったり前だ、気配消してたんだからヨ」


片付け終えたゲームソフトを寄せて、改めて身体ごと振り返るとヤストモさんと視線が合った。
いつもと変わらない表情に見えるけど雰囲気がなんだか怒っているように感じるのは気のせいかな…


「突然居なくなっちゃったからどうしたのかと思ってました…//」

「あぁ…別に」


投げるような返答もいつものこと、でも少しだけ感じる違和感の中で僕はソファーに腰を下ろし、
ヤストモさんを半分、もう半分を天井に向けながら大きく深呼吸をついた。


「ヤストモさん」

「あぁ?」

「僕、今日此処に来て少し分かった気がします。」


メガネ越しに映るヤストモさんの顔は天井からのライトで暗く影になっている。
耳元の赤いピアス、噤んでいても微かに覗く鋭い牙、チラチラと二つを視線に映しながら僕は言葉を続けた。


「僕は確かに最初不安でした、何で僕だったのかなって…。
でも、それって本当は僕自身に自信が無くて、一緒にいても荒北さんは
楽しくないんじゃないかなって勝手に思い込んでただけだったのかも知れないです」


「…へぇ…それで…?」


素っ気無いヤストモさんの相槌を耳に、視線をゆっくりと前に下ろし
今度は何も写っていないテレビの黒画面に視線を合せた。
写ってない…テレビがじゃない、後ろにいるヤストモさんの姿がだった。


「でも、僕は荒北さんと一緒にいると楽しいしって心底思えるし感じます。
見た目は怖いし話し方だって優しいとは言えないですけど、でも僕は楽しいです!!」


振り向いて見上げれば画面には写っていないヤストモさんと目がばっちり合った。
こうやって黙って見ている時は心を読んでいる時だって知っている。
それなら尚更僕の言葉に嘘がないことがヤストモさんにも伝わるハズだ。
僕は立ち上がって持ってきた荷物の中から液晶パッドを取り出して、
指先で触れると画面が反応して光り、大きく表示されたデジタル時計の数字が変わらずに一秒一秒時を刻んでいる。


「残り時間も後一ヶ月くらいしかありません。
遅くなってしまったけど今日なら荒北さんに聞ける気がします…
その答えがどんなものでもあっても僕は大丈夫、そう思えます。」


ヤストモさんと出会ったのが3月の終わりくらい、そこからの一ヶ月間は思いの外に早かった。
不安がっていることも忘れるくらい毎日がバタバタしてて、
でもそこには達成しなければいけない現実も掲げられてて…
そんな中でも仕事だろうとヤストモさんが傍に居てくれた事は素直に嬉しかった。


「ありがとうございます、ヤストモさん//」


液晶パッドから顔を上げて僕はヤストモさんへ様々な意味を含めてお礼を言った。
荒北さんでは無い、人間でもない荒北さんそっくりの悪魔であるヤストモさん。
それは確かに不安がっていた僕の心の支えになってくれていたのは本当の事だったからだ。
僕の言葉を耳にしてもヤストモさんは無表情のまま僕をじっと見ているだけだったけど、
小さく舌打ちした音の後、僕の方へと歩きだしてみせた。


「ムカツク」

「えっ…」

「ムカツクっつったんだヨォ」


言葉の意味を理解するより先にヤストモさんは僕の目の前までやってきた。
かと思った次の瞬間には伸ばされた右手が僕の胸元を掴んでみせた。


「えっ…ぁ、うわぁっ…っ;!!」


軽々とそのまま身体は宙に浮き、文字通り地に足のつかない不安定な状況で
どうしてヤストモさんが怒っているのかが理解出来無いで目を白黒させる僕を、
まるでボールでも投げるように軽々とソファーへ投げやった。
ボスンっと音を立てるクッション、軽く打った頭に視界は一瞬真っ白になってみせて、
起き上がろうとした僕の上には今までに見たことのないくらい
怖い顔をしたヤストモさんが見下ろしているのが両目に映ったんだ。



「人間風情が自惚れてんじゃねぇーよォ…テメェーは何様だァ?」


低く鳴る声は、耳というより心に直接響いているように思える。
怖い…今まで感じたことがない恐怖が僕の周りを包囲しているようだった。


「手前勝手に礼言って、甘ったれた考えベラベラ並べやがって虫酸が走んゼ」

「や…ヤストモさ…ん…;?」


見下ろしている顔は照明の逆光で黒く写っているのにその両目はしっかりと僕を睨んでいるのが分かる。
恐怖で一ミリも動けないままでいる僕に、またヤストモさんの右腕が伸ばされ
さっき掴まれてシワの寄った胸元にゆっくりと当て下ろされた。
手の平の当てられた部分が重みを感じている、今まで触れることが出来なかった感覚に身体は更に震えを覚え始めた。


「…っ…苦し…です…っ…やめて、下さい……っ;;」

「この状況でそれがOKされると思ってんのかァ?
テメェーの油断と軽率さが招いた結果だバァーカ…何処までも考えが甘チャンだなァ…//」


力の込められた手がグっと僕の胸元を押すと、一気に呼吸が苦しくなった。
あと少し押されたらそのまま手が胸の中へと入ってしまいそうだ。
これがヤストモさんの本当の姿…紛れもない悪魔そのものだった。



「お前の魂を喰えば少しは腹の虫がおさまるかもなァ…
アラキタ ヤストモの魂もギラギラしてて美味そうだと思ったけどヨォ…
テメェーの魂はそれ以上に美味そうだゼ…、オノダ サカミチ。
オレは腹ペコなんだ、美味いものチラつかせてんじゃネェーよォ…//」


笑ってる…僕の状況に反してヤストモさんは楽しそうに笑ってみせた。
あの時と一緒だ…初めて会った時、あの夕暮れの中で見た笑顔とそっくり…だ…。
感覚は鮮明なのに意識だけが徐々に遠のいていく…このまま、僕、魂取られちゃうの…かな…。


ガチャ…ッ


「風呂出たぜー、電源そのまんまだから早く…」


薄れていく意識の中で、僕の耳に聞こえた荒北さんの声。
すると今までの感覚が嘘のように身体は軽くなって呼吸も元通りに出来るようになった。


「どーしたんだヨ、小野田チャン…具合でも悪ィーのか…っ;」


きっと荒北さんの目には一人ソファーに横になっている僕の姿しか写っていないハズだ。
駆け寄って来てくれたらしく、はっきりしない見上げた視界にはタオルを首に掛けた荒北さんの顔と
眉を顰めて僕を睨むヤストモさんの顔、そんな可笑しな光景が僕の目には映っていたんだ…。


【…続…】
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