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5月12日 巻坂長編その2UP。
天使。それは神々の使者とされ、人間に助言や神託を伝える存在。
天使。それは時として人々を見守り、必要とあらば手を差しのべる存在。
天使。それは神話や伝説とは違い、案外自由気ままな存在だったりする。
少なくともオレの場合はな。
「…やれやれ、世話の焼けるヤツだ」
事の一部始終を見物していたオレは漸く進展した状況に取り敢えずの感想を述べた。
見た目の割には奥手で、いざと言う時の一歩が踏み込めない同居人の行く末を案じ、
仕事外ではあるが個人的なアドバイスをした甲斐もあってどうやらお互いの気持ちは距離を縮めたなと見て取れる。
見込んだ通りアイツは根は優しいのだ、口は悪くともな。
同じく下界に配属された同僚にはバカ親切だとも言われたが一応世話になっている訳だし、恩は返さねばならん。
仕事は楽しく、しかし確実に遂行する、それがオレのモットーというやつだ。
ピピッ…!!
「ん、メールか」
胸ポケットが二、三度の震えを知らせ、支給された携帯電話を取り出して開いてみると
それは本契約者であるマキシマ ユウスケからのメールだった。
内容は今週末に日本へ一時帰国する事にしたというもので、
その際に久しぶりに日本にいる恋人、トウドウ ジンパチに会いに行くつもりなのだろう。
此方も良い良い、やはり人が幸せに成る様子を見ているのは気分が良い、
そして何よりオレの移動距離が格段に近くなるのも有り難い事だ。
今日もひとっ飛びしては来たが日本からイギリスまでの移動は想像していた以上に手間で
自分が犯してしまった些細なミスを其の度に思い出さずにはいられん。
ピッピッ…
軽い電子単音を鳴らしながら相分かったと手短に了解のメールを返信し、
携帯電話を遊ばせながら一階のソファーへと戻ってくると、
そこには飲みかけの残り少なくなったべプシが一本と手付かずのまま
ただ汗を掻いただけの未開封のベプシが仲良く並んで置かれていた。
それがなんともオレの目には微笑ましく見え、笑みを浮かべた溜息と共にそっと手を伸ばした。
「全く、人間と言う生き物は不可思議で複雑、そして結果に恐ろしく単純なものだな。」
誰かには聞こえているかもしれない独り言を呟きながら携帯をポケットに落とし、
変わりに飲みかけのペプシを手に取りキャップを捻って残りの液体を飲み干した。
温くて気の抜けかけた炭酸が緩く喉を流れていく感覚の何が美味いのだろうか…オレには分からん。
「もう少し見守ってやりたいところだが…それも最後までは叶いそうに無い。」
我々にとって地上の時間は光のようなもので既にアラキタ ヤストモと出会って2ヶ月の時間が過ぎようとしている。
忘れもしない、あのような出会い方は未だかつてあっただろうか?否、あるものか。
口内に残る甘ったるい感覚を紛らわせるようにオレは両瞼を閉じて記憶を遡る事にした。
…………
3月1日 箱根学園
冬の寒さも和らかく、所要で下界へ降りてきた時偶の質感でも
直ぐそこまで春がやってきている気配が感じられていた。
同日は下界のあちこちで人間世界いうところの卒業式が行われており、
個人的用事で様子を見に来た箱根学園の広大な敷地のあちこちでも
賑やかに肩を組み祝いを分かつ男子生徒や涙ぐむ女子生徒の姿。
または教師達と思い出話をするものや、所々では告白らしい仕草も見て取れた。
旅立ち、門出、新たなる出会いに人は巡る、実に素晴らしいことではないだろうか。
(…などと呑気な感想を述べている場合では無い;)
「何やってんだお前、先に部室行くっていってたんじゃネェーの?」
その光景を微笑ましく思っていた数分前…。
気が付けば今のオレの置かれている状況は極めて宜しくは無い、寧ろマズイ。
当初の予定では今度の契約予定者の相手をチラッと見てさっさと帰ってくるつもりが思いの外に敷地が大き過ぎて迷ったのが一つ。
そして仕方ないとはいえ誰も彼もが同じ服を着ていて見分けなどつきやしないのが二つ。
おまけにアクシデントまで降りかかりの三重苦の結果、今はこうして人前に姿を晒して…と、今日は全くツイていない日だ。
「だいたい制服どーしたんだよ、つか白スーツって無ェだろ//;」
「これがオレにとって制服のようなものだっ…!!
それよりさっさと足を退けろ、何故オレがお前の足蹴にされなくてはならんのだ、理解できんねっ!!;」
「テメェがそこの木の上から落っこちてきたんじゃねぇーの…;
そんなトンチキな格好してたら一瞬で誰かなんて分かるわけねぇダロ;」
「トンっ…なんだと貴様っ…!!;;」
箱根学園内を上空やら校舎内から探してみても中々探し人は見つからず、思いの外に搜索は難航していた。
まぁ、今日に目的の人物が見つからずともいずれは見物する顔だし帰ってもいいのだが…そう思い始めた時、とても重大な事実に気が付いたのだ。
無い、自分の大事な商売道具である『天使の矢』が身元から消えているのだ、コレは一大事に他ならない。
幸い意識が繋がっているおかげで場所の特定は容易だったが、いざ現場に飛んでいってみれば
そこには運悪く一人の男子学生、そう、私を足蹴にしているこの目付きの悪いコイツがオレの商売道具を手にしているではないか。
なんということだ…うっかり落としたオレにも責任はあるが普通の人間は天界のものは見えないし触れられもしないというのに
何故ソレを易易と手にとっているのだ!?意味が分からん、理解できん!
そんな事を思いながら、暫くの間木々の茂みに身を隠して様子を伺っていたが
男子学生はその場を離れる気配も、オレの商売道具を手放す気も無さそうで注意深く周囲を見渡しているばかり。
とても天使が見えるヤツには思えんのだが…と、一瞬気を緩めた瞬間だった。
ガサリと腕の触れた木の枝が音を鳴らし、かと思えば何かが飛んでくる気配が感じられた。
当たってたまるかと身を避けた途端、バランスを崩して落下、そして今現状この始末である。
「そもそも身を隠していたところに石を投げてきたのはお前の方ではないかっ!!
人道的にどうなのだ、誰かに石を投げてはいけないと貴様は習わなかったのか!?
そればかりか木の上から落ちてきた者を足蹴にする必要性が何処にあるのだ?」
「お前ね、通りかかりに風も無しに木が揺れたら誰だって何だァ?って思うダロ。
しかも落っこちてきたのが知ってる奴だったら何してんだって聞くのが普通じゃネェの、今日卒業式だぜ?」
オレを足蹴に見下ろす非常に目付きの悪い男子学生に気迫では負けまいと言い返してみるが
相手もなんの負いも無く言い返してくる、コイツは本当に人間なのかいよいよ疑いたくなってきたぞ。
しかし何故見えてしまったのかの理由も同時に知れた…コイツには人間離れした鋭い感覚が備わっているらしい。
付け加えるのならオレの商売道具を手にしたことによってそれが更に鋭くなったのだろう。
恐ろしい人間もいたものだ。
「兎に角その足を退けろっ、そしてオレの商売道具を返せ馬鹿者っ!!」
「オイオイオイ…マジかよお前とうとう頭ヘンになっちゃったワケ?
こんなオモチャ使って何して遊ぶっつんだよ東堂」
男子学生は細い目を更に細めながらこの上もない呆れ顔でオレを見ている。
右手に握られているオレの商売道具を一度チラリと見て、またオレを見下ろす顔は
どこか哀れみを含んでいるように感じる…ヤメロ、非常に不愉快だ…。
もう此処までくれば実力行使に出ても仕方無いかと思ったその時、背後からもう一つの声が聞こえた。
「オレは此処だぞ荒北、何をしているのだ皆待っているぞ」
「あン…?」
「あンでは無いわ、お前と一緒に来たという新開はとうに部室に着いているというのに
いつまで経っても来ないのでオレ直々に探しに来てやったのだ、どうだ嬉しいだろう//?」
声に振り返った男子学生の後ろには同じ制服を着た、世に言う美形と呼ばれる学生が
両腕を組んで此方を見ていた、無論私の事は見えていない。
恐らくアレがオレの探していたトウドウ ジンパチという人物でアラキタ ヤストモは私を彼だと勘違いしていたのだ。
状況が理解できず目を点にさせ、口をパクパクと動かすも声が出ない様子に
ほら見ろ、言っていることに何一つ間違いはなかっただろう?
そろりと振り返る顔に自信満々の表情で訴えかけた後、取り敢えず足を退けろとオレは視線で言葉を飛ばし、鼻で笑ってやったんだ。
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