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5月12日 巻坂長編その2UP。
木枯らし吹く、冬の夕暮れ。
襟元を包むマフラーに息を吐きながら、俺は人を待っていた。
時刻は下校時間も過ぎ、辺はすっかり薄暗くて人通りも無い。
三年、いや厳密に言えば二年半も通った道だってのに、離れるとこんなにも懐かしいものかね。
手袋を嵌めた手をポケットに突っ込みながらもう一度、口元のマフラーに息を吐いて温める、
多分もうそろそろ部活練習を終えて、この坂道を下ってくるだろうと待ち続けて早数十分…
動いていないとやっぱ寒いっショ…そう思いながら坂の上に視線を向けた。


すると漸く、坂の上に小さな影、
此方に向かって見慣れたママチャリで下ってくる小柄な男子高校生の姿だった。


「よぉ、元気してたか、相変わらずちっせーな、坂道」


姿を見つけて声を掛けると、相手はまさかって表情を浮かべ
二、三度眼鏡を外してはかけてを繰り返している。
そんなに確認しなくても声を聞けばわかるっショ、と
ツッコミつつも片手を上げて相手に合図した。


「まっ…ままま…巻島さささんっ…!!!???」


上ずった声と驚きか寒さか、或いはどっちもか…上手く動かない唇のせいで言葉になっていない。
それがとても坂道らしく思えて、ニヤリとした笑顔でまた声をかけた。

「クハッ…どもり過ぎ、それに幽霊でも見たような顔して驚き過ぎっショ」

「だって、えーっ…いつ、こっちに帰って来たんですかっ、全然知りませんでしたよ、僕っ」

「そりゃそーだろう、だって誰にも言ってねぇーもん」


よろよろとした足取りで自転車から降り、此方に歩いてくる坂道はなんとも危なっかしかった。
暫く見ない間に少しは逞しくなってるかとも思ったが何にも変わってない、けど、それで安心した俺もいた。


「調子はどうだい、ル…って、もうルーキーじゃねぇーな、変わらずか?」

「えっ、あ、ハイ…お陰様で…、あの、本当に…本当に巻島さんで…すよね…;?」


確かに信じられない気持ちもわからなくはない。
今回の一時帰国は突発的に決めたもんだから、田所っちにも金城にも連絡はしていなかった。
俺が渡英してからも、結構こまめに二人は近況を報告してくれていて、
勿論、坂道がスランプに陥ったって事も聞いていたが、それは乗り越えられたみたいだな。


「お前っ……クハッ、声聞いてまだ疑うのか…//;」

「いや、だって…突然現れたらビックリしますよ、誰だって…;」


こうやって会う事が、残してきた後輩クライマーの為になるとは思えない。
寧ろ俺の存在は煩わしい、吹っ切る為の邪魔でしかならないだろう。
ある程度の時期が来るまで俺は会わないつもりでいた。
今回もさっさと用事済ませてイギリスに帰るつもりだったんだけどなぁ…。


「そんなに信じられないんなら、こっち来るっショ、坂道」


最初は遠巻きに練習観て帰るつもりでいたハズが
いざ目の前にしたらやっぱり心は正直で顔も見たいし声も聞きたいし、会いたい。
こんなに入れ込むのかって思う程、俺は坂道の存在が嬉しかった。
初めて出来た後輩クライマー、小柄で細っこいくせにパワーのある独特のケイデンス。
才能のある奴に人は惹かれるというが、俺の場合は同時に別の感情が湧き上がっていた。

俺、ヤバイ…コイツの事が好きだわ、絶対。

直感、ティーンズコミックの一節のような初恋を経験しちまった。
初めて好きになったのは女の子だったけど、
まさか本気になるのが年下で童顔で男だなんて予想外っショ、自分。


「えっ、あっ、ハイっ!」


辺りに誰も居ないせいか、坂道の答えた返事はとても良く響き聞こえた。
自然と早足で此方に向かってくる表情はまだ少し半信半疑って感じだ。
一歩で近づける距離までやってくると俺の顔を確かめるようにまじまじと見つめている。
丸メガネの奥から覗く、これまた丸い瞳に見つめられるとなんだかとても照れくさい。


「んなに見られると恥ずかしいっショ…//;」

「あわわっ…ス、スミマセンッ…!!;」


あまりにじっと見られて、たまらず本音を言うと
坂道は慌てて両手を胸元で振りながら謝ってみせた。
本当に変わらねぇ…、俺が退部して、俺の知り得ない様々な壁を
乗り越えている筈だってのに出会った頃のまんま、スれてないっつーか、純真っていうか…。


「お前さ、マフラーくらいしててもイイっショ、鼻頭真っ赤だぞ」


坂道はカーキー色のダウンジャケットを着ているから身体は暖かそうだが
冬の寒さにさらされた頬に鼻は赤くなっていた。
俺はポケットで暖めた自分の両手を抜き出し、そっと坂道の両頬に当てようとした時
アッと、坂道が声を上げた。

パチンッ…!

ほんの小さな隙間に流れた電流は軽い音を立てた。
今度は俺が、あっ…と、申しわけない声を上げて坂道の顔を見た。


「ご、ゴメンナサイ…僕、静電気体質みたいで…;
だからマフラーしないんです、寒いけど痛いのイヤだから…//;」

「悪かったっショ…//;」

キツく瞑っていた目を片方だけ開けながら坂道が説明してみせる。
冬の天敵、あの地味だけど痛い静電気達はところ構わず現れては攻撃してきやがる。
不意に触ってしまった俺を叱っているようだとも思ったが、ここで引くほど俺だって弱くない。
謝りつつも、今度は手袋を外して小脇に抱えて手をすり合わせた。


「巻島さん…?」


何をしているんだろうという表情にニヤリと笑ってみせると
坂道の両肩に手を置き、そっと左頬に自分の左頬を当ててみせた。
冷たい、やっぱり頬は冷えきっている。


「ま、巻島さん…っ//!!
ちょ、…何してるんですかっ…//;!!」

「いいから黙ってるっショ、しっかし頬っぺた冷たスギ…」


坂道のひっくり返った声は心の現れだろう。
まぁ~そりゃそうだろうさ、いきなり頬くっつけられりゃ誰だって何だって思うだろうさ。


「も~大丈夫だな、坂道」

「は、ハイ…っ?」


硬直した坂道を他所に、自分の頬の熱を分けた俺はそっと頬を離し
そのまま軽く唇に唇を合わせてみせた。
フェイント成功、静電気も起きなかったし俺の作戦勝ちだ。


「これなら痛くなかったっショ、俺が本物かどうか信じられたか…?」


距離にして10センチは無い距離で坂道に聞いてみるも
突然に何が起こったか理解が追いついていないらしく未だに放心状態。
自分の熱を分けた頬は、じんわりと熱を回して赤みを保っている。


「クハッ…坂道の唇久しぶりっ//」

「…ま、巻島さんは…ズルイですよ、前回といい今回といい……っ」

「前回のはノーカン、今回のが本命っショ」


坂道とのキスは実は二回目でファーストキスは事故チューってやつだった。
部室のベンチに座っていた俺を呼ぶ声に振り向くと唇に当たる柔らかい感覚。
そこには同じような表情の坂道が目の前に立っていたっけ。
あの時は驚いた反面、俺自身あまりキスをしたって感覚は無かったが、
そんときの坂道も今に負けないくらい顔が真っ赤だった事はよく覚えている。


「坂道、俺は結構ズルイ奴だって知ってるよな…?」

「…ハイ…充分に…//;」

「それでも良ければ気持ち…聞かせて欲しい、駄目か?」


憧れから始まってもいい、遠くに離れてしまった後だけれど
これはどうしても手に入れたいものだったから。
俺の言葉に俯いた表情を上げ、坂道が小さく『僕は…』と
言葉を口にした後は、互いの笑顔とうっすら浮かべた涙があった。
拭った指を濡らした涙は温かくて、これが現実だと知らせてくれてるようだった。
幸福に満ちた思い出の場所で坂道の愛車の自転車の傍らで
俺達は引かれあった運命を力いっぱい抱きしめた。


~END~



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初書き巻坂でした。
いや本当に大好き過ぎて書いていいものか迷ったんですが
この二人を幸せにせねばと思い立った次第です。
巻島さんと坂道、冬を一緒に過ごした事がないんですよね。
缶コーヒーとかマフラーとかポケットとか
いっぱいスキンシップはかれるシチュエーションがあるっていうのに…っ!

さて、少々の暴走失礼しました。
これからもちょくちょくお話を上げていこうと思います。
では失礼致しました。


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