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5月12日 巻坂長編その2UP。
(巻島裕介)

「~…っ………っ~…//;」

重い瞼を開き、視界数十センチ先に映るポットはもう少しで湯が沸きそうだ。
椅子に腰掛け、一階の管理室から借りてきた新聞も開かずに
ただ、ぼーっとコンロに掛けられた赤いポットをただ何と無く見つめていると
もう何度目かになる生欠伸が口から漏れ落ちた…まだ眠いのかって?
眠いどころの話じゃ無い、眠れなかったんだからヨ。


日も昇った午前9時を過ぎ。
街はすっかり活動を開始し、各自の役目をこなそうと忙しく動きを見せていた。
風通しに開けた窓からは夏の爽やかな空気が室内へと流れ込んで
それはそれは清々しい気分にさせてくれるかと思いきや…


「~……ぁー…ん゛ー……~…」


このはっきりしない頭と眠気にはあまり効果はみられない。
早く沸いてくれ、そして熱く淹れたコーヒーでも飲めば少しは違うだろうと
生欠伸を噛み殺しながら、俺は変わらずにポットを眺め続けた。


『あ、あの残りの日程は、ま、巻島さんと一緒に過ごしたいんです…っ…いい、ですか…//!!?』


眠れなかった理由は言うまでもなく坂道のお願いってヤツだった。
しっかし、衝撃的だったわ…俺の予想を遥か斜め上を駆け抜けて行きやがった。
え、そう来る?そんな事言っていいのかよ、良い方向に勘違いするケドいいのか?
…と、内心何度も葛藤しまくったケド、そこは大人な対応を見せておかないとカッコつかないショ。


『…ならやっぱ早く帰るショ、しっかり身体休めねーと何するにも楽しめ無くなっちまうからな…』


大前提としてスッゲー嬉しかったのも確かで、嬉しい申し出を断る理由も無い。
内心のドキドキした思いを隠しながら、さり気なくOKの返事をすると
坂道は嬉しいのと安心したのがごっちゃになったらしく、発した声は言葉になっていなかった。
ころころと変わる表情の一つ一つが俺にとってどうしようもなく可愛くて、それでいて面白い。
寝ても覚めても…とは言うが案の定、昨日は眠れませんでした。
大体、この二日間はソファーで寝てたせいで身体は痛いっつーのに…
いやでも一緒のベッドには寝られないショ、ダメだ、理性が跡形もなく飛んでいっちまう可能性大だ。
かと言って後三日、これでは俺の身体が壊れかねないし…


「何か考え無きゃマズイっショ…」


ブーッ…ブーッ…ブーッ…


独り言を呟く俺に答えるようにテーブルに置いた携帯が音を立てて震えてみせた。
誰だよ、こんな朝っぱらから…と、ディスプレイに表示された名前を確認すると【東堂尽八】との事…。
悪い尽八、今は出れないショ…と、内心で詫びを入れて視線を外らす。
今この体調ではとても東堂のハイテンション声には対応出来そうに無い。
しかし、いつものことながら一度鳴り出した電話は中々鳴り止んでくれそうに無かった。


「あ、おはようございます巻島さん//」


意識を携帯から声の方へ向けると、そこには着替えを済ませた坂道が立っていた。
寝癖のついた髪のままで見せる柔らかい笑顔は俺の気怠く重たい瞼には眩しいくらいだったが、
どうやら坂道は良く眠れたらしいと安心した。


「よう、おはようさん…早いな、坂道。
今日は別にもっとゆっくり寝てて構わないんだぜ?」

「はい…でも、いつまでも寝ていたら何だか勿体無い気がして…//
巻島さんはいつも早起きなんですね」



テーブル向かいの席へと腰を下ろしながら坂道ははにかんでみせた。
連日移動続きにしては疲れもみえないし、顔色も良いみたいだ…若さかねぇー。
俺だって普段はもう少しゆっくり寝てる方が多いが、宣告承知の通りだ。


「別に…、このくらい普通ショ」


とは言ってみたが、己の顔色は今どうなっているんだろうか…
先程に比べれば眠気も薄らいではいるが瞼は重いままだ。
しかしこうしていても時間は進むばかり、それはとても勿体無い事をしている。
相変わらず鳴り続ける携帯をポケットに捩じ込みながら俺は立ち上がり、コンロのスイッチを切った。


「あの、電話出なくて大丈夫なんですか…?」

「あ、あぁ…大丈夫ショ、どーせ大した用事じゃ無ぇーだろうし…とりあえず…コーヒー飲むか?」

「ハイ、いただきます…//」


ゆっくりと動き出した二人の日常、さて今日は何が起こることやら…。
こうして俺と坂道のルームシェア三日目が始まった。



――――――――――――


「そういえば巻島さん、僕ひとつ気になってた事があったんですけど聞いてもいいですか?」


遅めの朝食中の事だった。
トーストを半分程食べ終え、コーヒーからミルクへと
飲み物を移した坂道がふと思い出したように聞いてきた。


「何?」


眠気覚ましに淹れたブラックコーヒーも三杯目に突入した俺は
マグカップ越しに坂道へ視線を向けると、一度玄関先へ視線を向けて
また直ぐに向き直ってみせた。


「此処に来てからずっと気になってたんですけど、巻島さんいつも階段使って五階まで上がりますよね?
ロビーにエレベーターあったと思ったんですけど、なんで使わないのかなーって…」


疑問の色を浮かべた坂道の表情に、そういえば説明してなかったなと俺は思い出した。
坂道の言う通りここは五階、階段を上がる労力を思えば文明の利器であるエレベーターを使ったほうが利口である。
疑問に思うのも自然な話だ。


「あぁー…そうね、坂道はイギリスの物件事情は知らないからな…不思議に思うのも当然か…」

「…と、いいますと…?」


内心、ちょっとしたイタズラ心も芽生えていた俺は
含みを持たせて会話を切り、温くなったコーヒーをひと啜り。
食いつき良く興味有りげの表情で坂道が身を乗り出してみせたので
眠気覚ましに些細な遊びに付き合ってもらう事にした。


「実はこのアパート、出るんだよ」

「出る?…出るって何が…で…ぇ、まさか…;」


二、三度と繰り返し唱えた『出る』の差す言葉の意味に初めは何の事だと言いたげな表情が、
はっ、と指し示す答えに思い当たったらしく途端に固まってしまった。
俺もマグカップを置きつつ凭れていた背中を起こしてテーブルに身を寄せながら
頷いてみせると、引きつった口元と苦笑いになった坂道が問い返してきた。


「それ、本当の話…ですか//;
あ、あれですよね、僕をビックリさせようとか、そんな話…ですよね//;?」


口元の引きつった坂道に、俺は真顔で首を横に振ってみせた。
やっぱりこの手の話は苦手だったか…と、思いつつも続きを話し始めた。


「このアパート、中身は新しいが外観は俺達よりずーっと年上なんだよ。
セキュリティーは比較的新しいモノ入れてるみたいだが
階段にエレベータは当時のまんま…手動でドアカーテン閉めんだぜ、クラシックっショ?」


「はぁ…確かに…って、いえいえいえ//;!
それじゃどうして幽霊さんが出るかの説明になってませんよ;!!」


やや顔色の青くなった坂道は唇に力を入れて言うと真剣な眼差しを俺に向けてみせる。
俺からすればアニメとかゲームとか好きな奴って魔法とかオカルト関係も平気なもんなんじゃねーのか…?
とは思いつつ、予想以上の反応は見ている分には楽しいもんだ。


「イギリスって国は歴史も古いし、昔からの文化を大切にしてる国なんだヨ。
年季の入った建築物も多い、当然逸話とか伝承とかも多くなるワケ。
書店に行くと『幽霊一覧表』とかいう不思議なタイトルの本もあれば、日本人には到底考えられない
『心霊体験ツアー』とか『殺人現場ツアー』なんてのもあるらしいショ、俺は絶対いかねーケド。

幽霊が出る物件つーと日本じゃ事故物件だの、いわく付きとか言われてひた隠しにされんのが普通、
でもこっちじゃ逆、むしろ物件価値が上がって家賃が上がる事もあるんだヨ。
『幽霊とひとつ屋根の下、ワンルームシェアは如何?』なんて
冗談みたいなキャッチフレーズ出してる不動産屋もあるくらいだしな」



ひと通り話終え、満足感に浸りながら温くなったコーヒーに口を付ける。
さて、坂道はと言えば今朝の明るい笑顔は何処へやら…すっかり怯えて小さくなってしまっていた。
そんなに脅かすつもりは毛頭無かったハズが、どうやら話すだけ追い打ちをかけていたらしい。
アレ…俺、なんか思いの外スゲー悪い事した気分ショ;
そろそろネタバラシした方が良さそうだ


「…ーて、のは半分ホントで半分ウソ。
このアパートに幽霊なんか出ないから安心しろ」

「えっ…えええっ!!やっぱりウソだったんですかっ//;!!」


俺のカミングアウトを聞くや否や、坂道は驚きから思わず立ち上がってみせた。
純粋だな、どこも疑うところは無かったのかと俺が苦笑いを浮かべていると
なかなか言葉にならない口元が何か言いたげに動いてみせた。

「じゃ、じゃあ何で巻島さんはエレベーター使わないんですかっ;?」


「あ、それは乗ってる時に止まっちまって一時間近く閉じ込められたんだヨ。
管理人のじいさんに『よくある事だ』って笑い飛ばされてから絶対乗らないって決めたんショ」


「ただの故障…だったって事ですか…っ;!?」

「3日に一回は止まるんだと、乗ってたヤツは運が悪かったってダケの話だ。
お前と俺が乗って止まったりしたら困るっショ、だから使わなかったんだヨ」


最後の説明に半分は理由を納得出来たらしい坂道は
それ以上は何も言わずに席へと腰を下ろし大きく溜息をついてみせた。
俺も別の意味で溜息をつきたい気分だ、人を疑わなさ過ぎだろう…
世の中には悪い事考える奴等なんざ五万といるんだぞ。
ましてや此処は治安も安定しない海外だ、まっ先に誘拐されるショ;


「…悪かったショ、そんなに落ち込まれると俺も困るンだけど//;」

「ぁ、いえ、僕もちゃんと理由聞けたし…スイマセン、大声出してしまって//;」


ぼそりと呟くように坂道が答えたが最後、その場には気まずい雰囲気が漂っているのを感じた。
俺はどうも坂道の事になると色々制御が効かなくなるらしい…。
そんな顔させるつもりじゃなかったってのに、遊び過ぎちまった。


「…出掛けるか、坂道」

「え…」


場の空気を割るように、俺は話を切り出した。
自分でやっといて言うのもアレだがいつまでもこうしてはいられない。
それに今日はちょっとした用事も済ませなければならなかった。、


「ちょっと付き合って欲しいトコがあるショ、お前が良ければだけど…」


悪い思いをさせた罪滅ぼしってワケじゃないが、部屋にいるより気分も晴れるだろう。
俺自身、きっとバツの悪そうな表情になっているだろうがそうしたのは己自身、ケジメは着けないと駄目ショ。
それに折角だし坂道に街を案内したいと思っていたところでもあるが、問題は坂道が乗ってくれるかだ。


「あの、僕行きたいです…//!
まだイギリスは駅しかちゃんと見てないし、巻島さんがいる街を見てみたいです!」


俺の心配はものの数秒掛からずに解決してみせ、大きく頷く相手の表情はまた変化していた。
坂道、お前は本当に表情をよく変える奴だな、そのどれもが裏表の無い事にも驚かされる反面、
少し揶揄ってみたくもなるんだがな…男として好きになったヤツの色々なところって考えるまでも無く見てみたくなるモンだろ。


「なら決まりっショ、天気が良いうちに出掛けようぜ」

「はい//」


俺の後に続く気持ちのいい響きの返事に頷いて俺達は席を立った。
不器用な性格上、お前みたいに真っ直ぐに伝える事が俺には難しくて、
プラスとマイナス、どちらかだけでは駄目で半々ずつのアップダウンが欲しい。
その両方の力を少しずつ貰って初めて、お前に話せる気がするんだ。


告白?いいや、それより前にしておかなければいけない大事な話。
そいつをするのに今日行く場所は都合が良いんだ。


~episode 5へ続く~
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