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5月12日 巻坂長編その2UP。
(小野田坂道)

翌日、ロンドンの天気はくもり、雨じゃないだけまだイイと出掛けに巻島さんは言ってた。
昨日は兎に角驚く事の連続で、正直所々の記憶とか自分が何を言ったかもあやふや。
だって、先ず空港で出迎えてくれたのが巻島さんだったって事が全ての始まりだったからだ。
突然の再会に僕は暫く呆然としてしまったけれど、目の前に巻島さんがいると理解してからは
それ以上の嬉しさと喜びで胸がいっぱいになっていくのが分かったんだ。
堰を切ったように話し続ける僕に『落ち着けって…声枯れるぞ…//;』
って言ってくれたけれど、話したいことが多すぎて止まらないんです。
今回の旅行の事、部活の事、今乗ってる自転車の事、スランプになった時に
皆に助けてもらった事…言いたくて伝えたくて言葉が次々溢れ出してくる。


『時間は沢山あるんだ、、ゆっくり話すショ…//』


巻島さんはそれを頷いたり、時々笑いながらも聞いてくれてた。
その声と笑顔は紛れも無く本物で、僕に嬉しさを運んでくれるもの…
寂しくて、苦しかった事なんて忘れてしまいそうになるんです。
高校一年の夏、インターハイでの総合優勝を見届けると
巻島さんは予てから決めていたイギリス留学へと旅立った。
憧れていた先輩の突然の退部、そして渡英…支えられていたものが
一気に外されて僕の心は真っ白になってしまった。


強くなろうってインターハイで心に決めたのに
人ってこんなに脆く、簡単に砕けてしまうものなのか。

良くやった、お前はスゴイ奴だってゴールで抱きしめられた腕の感覚を思い出しては
どうしようもなく寂しくなって、空っぽになった心を埋めようとしているみたいに涙が溢れた。

どうして、なんでこんなに胸が苦しんだろう…。
寂しい、怖い、居なくならないで欲しい、まだまだ教えて欲しい事だっていっぱいある。
それも全部本当の事だったけど、溢れた涙を拭えば拭うほど僕の心はより鮮明に、露になっていった。


僕、巻島さんの事が好きなんだ、って。
でも、そんな事、これから旅立とうとしている巻島さんに
言えるはずも無く、ましてや可笑しな事を言っていると思われる。
その時の僕は見送ることしかできなかった。

それを思うと、今僕の目の前で起こっている事は奇跡っていってもオーバーじゃないと思う。
突然の別れから突然の再会…アニメやコミックでは見たことのあるシチュエーションだけれど、
いざ自分がそれを体験するとこんなにも衝撃的なものなんだな。

今晩は興奮して眠れないかとも思っていたけれど、お風呂に入ってサッパリした僕は
先に寝てて良いと言う巻島さんの言葉に甘えてベッドに倒れ込み、その直後から記憶が無かった。
気が付いたらもう外は明るくて、隣で寝ていると思っていた巻島さんの姿は無かった。
変な不安が過ぎる思いの中でリビングへとやってくると、なんてことは無く先に起きていただけで
寝癖のついた僕を見て、笑いながらおはようと言ってくれた声にたまらず嬉しくなる。


夢では無かった、それが僕の目覚めた時の感想だった。


「しっかし…スゴイってレベルの人じゃ無いッショ;
外も凄かったが会場内の方はそれ以上だったわ…//;」


「そうですね~…でも、皆さんが僕等の思っている以上に
日本の文化が好きだって思うととっても嬉しいですね、巻島さん//」


会場入りして二時間くらい経った頃、大体の目的ブースも見終えた僕達は飲食ブースで休憩を取っていた。
Japan・expoというだけあって日本食のお店も出店していて興味深々で煮物やお味噌汁を食べている外国の方の姿は
なんだかとても不思議な光景を見ている気がしてならなかった。
でも、おかげで僕達も遠く離れた異国の地で慣れ親しんだ食事が出来るのは有難いことだ。


「僕は今朝の方がビックリでしたよ、だって行きの電車が時間になっても
ホームに来ないから何か事故かなって思ってハラハラして仕方なかったです;」

「海外じゃ日常茶飯事な話さ、日本のダイヤが異常なまでにピシっとしてるんだヨ。
大体一時間は余裕もって動いても遅刻することなんてのもザラだぜ」


最初に来た時には自分も慣れなかったが、
生活に慣れてくるとこっちの方が気楽で自分には合っていると
紙コップに入った緑茶を啜りながら巻島さんは苦笑いで答えてくれた。


「あ、あと移動時間二時間半て書いてあったのに、
到着時間が三時間半後になってたのもビックリしました!!」

「イギリスとフランスじゃ一時間の時差があるからなぁ…//;」


日本じゃ到底考えられない話だなぁ~と思いながら
僕は食べ終えた親子丼に手を合せて箸を置き、コップへと手を伸ばした。
常温のミネラルウォーターを喉に流しながら周囲を横視線に見てみると
賑やかさは相変わらずで、往来する人並みも途切れそうに無かった。
コスプレ、グッズ、好きな漫画、アニメ、音楽、洋服…ジャンルは違えど
本当に自分の好きな事を思いっきり楽しんでいるって見ていても気持ちがいいものだ。
足元には各ブースで貰ったフライヤーや小さな記念品の入った紙袋と自分用のグッズ少々…
今日一日でも充分すぎるくらい僕はexpoを楽しんだよ。


「さて、どーする坂道、もう少し見て回るか?」


すっかり飲み終えた紙コップを潰しながら巻島さんは大きく身体を伸ばしてみせた。
最初、展示場に到着した時は人の多さからか呆気に取られているようにみえたけれど
会場入りしてからはテンションの上がった僕と一緒にブースを回ってくれた。
読めないフランス語を訳してくれたり、こっちの方が近いと手を引いてくれたりもした。
そういえばファッション関係のブースでは熱心に展示物を見ていたし
巻島さんも少しはこの雰囲気を楽しめていたなら良いなと僕は思っていた。
先ずはお礼を言わなければいけない。


「もう大丈夫ですっ、今日はお付き合い下さり本当にありがとうございましたっ!!」

「オイオイ…そういうのイイって…//;
俺も結構楽しかったし、面白いものも見れたから良かったヨ、
日本食っぽいものも食えたし、満足ショ」


そう言って巻島さんは食べ終えた自分の器を指して見せた。
お米食べるのも久しぶりだって言ってたし、いつもはパンとかで済ませてしまうらしい。
海外では生で卵を食べる習慣が無いらしいし、食文化の違いってあるんだな…。


「そう言ってもらえると僕も嬉しいです…//
こういう場所って好き嫌いがはっきりしちゃいますからちょっと心配だったので…」

「いつもは勘弁だが偶にならあってもイイかもな…一緒に行くヤツにもよるけど。」

「えっ、あ、あの僕だったらいつでもお付き合いします!!」


発言に思わず言ってしまったけれど、そうなったらどんなに楽しいかな//
勢いで立ち上がった僕を見てビックリしつつも、向かい合う巻島さんの表情は穏やかに変わって見せ
ゆっくりと席から立ち上がり僕の荷物へと手を伸ばして持ってくれた。


「クハッ…考えとくショ…//
さて、そんじゃ会場出るぞー」

「ハイっ//」


こうして僕達は会場を後にし、また二時間半の帰路を辿ることにした。
往復路で使った高速列車【ユーロ・スター】の旅路は快適で
行きは興奮と緊張で起きていたけれど、帰りは流石に疲れていたみたいで眠ってしまった。
ロンドン駅が近くなり、巻島さんに揺すり起こされなければまだ多分眠っていたと思う。
駅からアパートまでの道程の間、そういえば…と巻島さんは一枚のフライヤーを手に口を開いた。


「坂道が寝てる間に会場で貰ったフライヤー何枚か読んだんだケドさ…
今日行ったアレって四日間開催なんだな、日によって出展物も違うって書いてあったショ」

「はい、大体一週間の予定で組んであるそうですよ。
アイドルのライブとかゲストお呼びしてのトークショーとかも有るみたいです。」

僕もカバンの中からフライヤーを取り出し、日本語訳を探しつつ確認すると
明日は日本人アーティストのライブがあるとのこと…
恐らく今日より来場者は多いだろうなと思っていると、巻島さんの足取りが少し早まって見せた。


「なら早く帰って体休めないと持たないショ、タクシー使えば良かったな…。
折角来んだから最大限楽しまなきゃ損だよな~少なくともあと何回かは行くつもりなんだろ?」

「ぃ、いえっ!それなんですが…巻島さんに僕からお願いがあります…っ!」

「一緒に行ってくれって言われなくても俺はそのつもりでいるが?」

「ぁ、いや、そうじゃ無いんです…;」


いつの間にか足取りは止まっていて、辺りに人通りも少なくなっていた。
僕の事を考えて巻島さんは申し出てくれているけど
言わなきゃ、言うんだ…昨日から決めてたじゃないか。


「僕は今日で充分、expoは楽しめましたっ…//
誰かとあんなに大きなイベントに行けただけでも夢みたいで
嬉しくてたまらなかったし、沢山素敵なものも観られました…本当に楽しかったです。
でももう一つしたい事って言いますか…何ていうか…」


「したい事…?何、はっきり言うショ」


せっかくのチャンスなんだからここで勇気を出さないでどうするんだ。
心で葛藤して暫く、不思議そうな表情の巻島さんを見上げながら
僕は意を決して言葉を口に出した。


「あ、あの残りの日程は、ま、巻島さんと一緒に過ごしたいんです…っ…いい、ですか…//!!?」



漸く言えた…だけど肝心な部分はちゃんと伝わっただろうか。
会いたくて仕方なかった巻島さんが目の前にいるのだから
出来るなら限られた時間いっぱい、僕は一緒に居させて欲しいと心から願ったんだ。


~episode 4へ続く~
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