更新情報
5月12日 巻坂長編その2UP。
「…………」
カチッ… カチカチッ…‥
『ハァ…ハァ…ーーぁ…クッソ…暑い…ショ…;』
踏みしめる足元は埋まり崩れ、疲労する身体を煽る天上から降り注ぐ容赦の無い太陽。オレが見ている世界はたった二色、真っ青に晴れた雲一つない広空と行けども行けども繰り返される砂、砂、砂の黄色。目視に見渡しては果てなく地平線の先まで続いているのではないか、そんな絶望感に襲われる。このままじゃ無駄に時間を消費するばっかりだ、なんだか知らねぇけど徐々にライフも減ってきてるし急いで次の町でも村でも見つけねぇとアウトっショ。
「先走っちまったか…坂道が帰って来るまで少しでも先に進めておこうと思ったんだが…;」
薄暗い自室のテレビの前で手に馴染まないコントローラー感覚に苛立ちを覚えながらオレは噛み付くように画面を凝視し続けていた。オレって生まれてこの方ゲームなんてどれだけやった?と自問自答しみたが考えなくても片手も埋まらなかったショ。いまだ見えぬ目的地、漠然と広がる茶色で染められた砂漠マップ。プレイしているだけのはずがすっかりオレもゲームの中のキャラクター【マキシマ・ユウスケ】とリンクしているようだった。
『行けども行けども景色はかわらねぇーし…』
「あれ…なんかキャラの動作が遅くなってる気が…」
カチカチ…… ピコン!
【残り体力が10%を切りました。制限時間を開始します】
画面に表示された赤く点滅する残り体力と必然的に急かされるタイムリミットのカウントダウン。デジタル時計は秒を刻み数字を減らしているが、だからといって残り5分でこの変わらない状況で一体オレはどうしたらいいんだ…!?
「『ココは、…ったい、何処、なん、ショォオーーー!!!』」
叫びも虚しく、表示されたデジタル時計は残り3分を切ろうとしていた。
【RPG】 1 ~幻のゲームソフト~
それは穏やかな日差しが仕事で荒れ果てたアトリエの窓辺から癒しの如く柔らかく差し込む長閑な昼下がりくらいのこと。2週間ほどの海外出張から帰国し、溜まっていたデザインの仕事をちゃちゃっと片付け終えたオレは温くなったコーヒーで一息ついていた。デッサンは終わらせたから兄貴にデータ送付して…あとは部屋の片付けもだ。ついでに自分のアトリエもやるか…まだ全然大丈夫だが油断すると足の踏み場があっという間になくなっちまうショ。空けてた二週間、家のことは坂道に任せっきりだったし坂道が仕事から帰ってくる前に少しでも負担を減らしておいやりたいところだ。
「……~…っっ……~!!」
縮こまった身体を椅子の背を使って思いっきり伸ばすと、詰まっていた筋肉と呼吸が幾分か開放されたように思えるが少し酸素の足りない頭がぼんやりともする。その中で視線に映ったのは少々散らかったデスクの右奥に置かれた、あの懐かしいIH優勝の写真だった。高校3年で単身渡英、大学に入学、卒業を経て日本に帰国。それも早数年前の話になる。その間にも坂道との関係は遠距離ながらも続いていて、それがあったからこそオレは自身の目標に向かって進めたのもある。帰国と同時に予てから約束していた坂道との二人暮らしも自分達が考えていた程の不安も無く、順調そのもの。今回のように仕事の都合で時々家を空ける事が多いのは申し訳ないと思ってるがそれでもマメに連絡をくれるところなんて高校時代から全く変わらない。あの頃も今も、オレは坂道の屈託のない笑顔とかけがえのない存在に支えられながら忙しい日々さえ心穏やかに過ごすことができている。
「…っと、ボーッとしてたショ…//;」
休憩の余韻にふと蘇る昔の記憶に浸っていたが、そんな場合じゃないショ。今日は早く上がれそうだと今朝坂道は言っていたし、晩飯何にしようか…。なににせよ仕事が片付いただけでも実に清々しい気分、この気分が維持されているうちにさっさと掃除に取り掛かっちまおう。音を立てて椅子から立ち上がりアトリエを出たオレはそのままキッチンへ足を向けた。集中で忘れていた空腹にとりあえず何か入れなければ…軽く飯でも食うショ。
ピピピッ…っ!
「ん…メールか?」
湯を沸かしつつ冷蔵庫を漁っていると、ジーンズのポケットに突っ込んでおいた携帯がメール受信の音を鳴らしてみせた。手にしていたジャム瓶をキッチン台へ置いてそいつを取り出して名前を確認すると【坂道】の二文字が映し出されていた。あれ…、確か坂道は今朝から夕方まで仕事で、今も恐らく仕事中だとは思うんだが…休憩の合間に何か用事でも思い出したんだろうか。
『やりました巻島さんっ(((o(*゚▽゚*)o))) ボク今日すごいものを手に入れちゃいました! 残業しないよう仕事のケイデンス上げてなるべく早く帰ります(*≧∀≦*)』
「『どうしたんだ、何か嬉しいことでもあったのか? 帰り待ってるぞ』…と。」
明らかに興奮した様子の坂道に返事を打って携帯を閉じるとほぼ同時にケトルがカチリとスイッチを切った音がした。再び携帯をポケットに戻し、途中だった遅い昼食を取るためオレはジャム瓶を捻り開けた。何があったかは知らないが、随分と興奮してたみたいだし良いことがあったに違いないな。それじゃオレも楽しみにしながら本人の帰宅を待つ事にしよう。
………………………………………
「ただいま帰りましたぁっ//!!」
それから2時間後の午後5時過ぎ。玄関先から聞こえる坂道の『ただいま!』はいつも以上に元気で疲れを感じさせない張りのあるものだった。スリッパを鳴らしながら『おかえり』と玄関へ迎えに出ると慌てているのか靴が上手く脱げないらしくモタついている背中が忙しく動いている。残業かも知れないと今朝は言っていたが昼過ぎのメールで宣言した通りに残業無しの定時帰宅を達成することが出来たようだった。坂道が勤めているのはゲーム関係の雑誌出版社で、今の時期は新作ラッシュで残業も当たり前なんだとか…。そんな超繁忙期に特急で仕事を片し、この有り溢れる元気を与えた理由ってヤツは一体何だろうかとオレには想像もつかない。漸く靴を脱ぎ終えて振り返った坂道の髪型は慌てていた事を物語るようにクシャクシャしていて、あさっての方に大きく跳ねていた。
「おかえりショ坂道、クハッ…すごい髪型になっちまって//;」
「えっ…ぁ、うわわわいつの間に…っ//;」
オレの言葉に漸く気が付いたのか、坂道は両手で跳ねた髪を撫で付けてみても余計に癖がついてしまってなかなか元に戻りそうにない。その様子が可愛く可笑しく、口元の笑みを隠す事もなく片手で掻いて簡単にそれを治してやると幾分かはマシになったようだ。
「それで坂道。なりふり構わず大急ぎで帰ってきたには理由があるんだろ、メールにもスゴイもの手に入れたって書いてあったが?」
「そっ、そうなんですよ!コレです、コレなんです巻島さん!!」
ガサゴソと通勤用のメッセンジャーバックへ手を入れて坂道が取り出したのは、プラスチックケースに収められた一枚のCD。ぱっと見た感じは表紙にはなにも書かれていない白紙のジャケットで、説明書らしきものもオレの目には見当たらない。にも関わらず、大事そうにしっかりとケースを握る坂道の表情はこの上もなく嬉しそうで期待に満ち溢れているのがよくわかった。
「このCDがそんなに大したものなのか?一見すると全然、そうは見えないショ」
「そう、そうなんです!だから出会えたのが本当に奇跡と言いますか幸運といいますか…!!まさかボクが生きているうちにお目にかかれるなんて//!!」
「そいつはオーバーっショ、流石に;」
「そんな事ないんですよ巻島さん!これは本物の【幻のゲーム】なんですから!」
よく、好きなものを力説する人間は独特の早口と興奮を色濃く語らせるが坂道も例外じゃない。一生懸命、そのものの価値を伝えようとする真剣かつ情熱に満ち溢れた瞳が爛々と語る中、ともかく部屋に上がってから話すショ、と言うと、ここが玄関だと言うことも忘れていたらしく、脱いだ靴を揃えて漸くオレたちは部屋の奥へと足を進める事になったのだった。そこから二人で夕食を作りながら、坂道の言う【幻のゲーム】を手に入れた経緯や、何故そう呼ばれているかの理由などを坂道は休むことなく語り続けた。全くイイ顔するショ、出会った頃は全くこの手のカルチャー文化は理解出来なかったオレだったが、一緒に暮らすようになって相手の事をより知るようになってからは少なからず一般知識程度までは持ち合わせるまでになった。これも先生が優秀なおかげか…あ、でも未だに美少女アニメだけはよくわかんないショ。
「へぇー…つまり話をまとめると、今日取材に行ったゲーム会社の倉庫整理を手伝うことになったお前が、旧倉庫の廃盤ゲーム欄から偶然コイツを見つけたって事なんだな?」
「ハイ!はじめはジャケットも説明書も無いので何かの特典映像かデモ盤とも思ったんですが、見てください巻島さん。この円盤を光に斜めに傾けると文字が浮き出て見えませんか?」
「文字……あ~成る程、確かに浮き出て見えるショ。」
食事の片付けも済ませ、夕食後のプライベート時間となった時刻は午後8時を過ぎた。どうしても一緒にゲームをしたいという坂道の申し出に、仕事も無事に片付いたし構わないと頷いて答えると、早々に片付けも済ませた坂道は自分の部屋から旧式のゲーム機を掘り起こし、せっせとリビングへ運び込んできた。この分野は坂道の専売特許、素人のオレが手を出して良いものではないと弁えている。と、いうことでオレは飲み物を用意する係に任命され、二人分のココアを淹れてリビングに戻ってくると灰色の小型ゲーム機がすっかりとテレビに接続され、まるで特等席だと言わんばかりに堂々と鎮座していた。見慣れない機器があることに若干の違和感を覚えつつ、熱いぞ、と付け加えながらソファーに座る坂道にマグカップを差し出すと、手に持っていたCDを傍らに置いて両手でマグを受け取ってくれた。ココアの甘く良い香りが鼻先に漂う中で自分もソファーに腰を下ろし、そっと置かれたCDを手に取って光に斜め翳してみれば、先程よりもハッキリと浮き出た文字を読むことができた。【R・P・G】実にシンプルなタイトル、内容もなんと無く察しがつくショ。
「にしてもだ、よく譲ってもらえたな。幻っていうくらいだ、本物ならプレミア価格なり非売品なりになっててもおかしくはないショ?ゲーム会社側だって手放したくはなかったんじゃないのか?」
「ハイ、本来ならばそうなんですが、多分このゲームに関する噂が譲ってもらえた理由だと思います。」
貴重な品ならば大切に保管されるなりマニアに高値で取引されるなりが一般的だ。それが譲ってもらえたそれそうなりの理由がちゃんとあるのだという。程よく冷めたココアを一口飲んだ坂道は小さく考えた唸りを発して、自分なりの見解を話し始めた。
「さっき夕食を作りながら巻島さんにお話しましたが、このゲームが幻と言われる本当の理由…と、でも言うんでしょうか。ゲーマー界の噂では、このゲームのプレイ時間とエンディングがプレイヤーによってみんなバラバラだと言います。一人が複数回プレイすれば理由もわかりますが、不思議な事にこのゲームに二週目は無いと言われています。何故か誰も二回目をプレイした人がいないという嘘のような噂が実在するんですよ。」
「…つまりその話が本当だとするならば初回プレイのみの一回こっきりで、プレイした奴が全員違うエンディングを見ているってことなんだな。なんか、そう聞くとバリバリいわく有りげなゲームっショ;」
「アハハ…そうなんですよね//; でも、プレイした人で内容を悪くいう話は流れてないんですよ、巻島さん。詳しい内容は書かれてはいませんがネタバレ防止か何かだとは思います!」
マグカップを片手にしつつ胸元に拳を構えて熱く語る坂道は真剣そのもの。ゲームに対する情熱がひしひしと伝わってくるショ、しかも幻と言われるゲームなのだから尚更だろう。
「あと、これは譲ってくれたゲーム会社の担当者さんが言っていたんですが、こういう噂のあるゲームは来るべき人のところに出てくるものなんだそうです。ゲームが人を選ぶって話もおかしな事かもしれませんが、今日ボクが倉庫整理の手伝いを申し出なければ出会うことも無かった品ですし、商品としては出せないものだから持ってて良いと言ってくれました。」
「巡り合わせって奴か…クハッ、そいつも面白い話っショ。なんにせよやってみれば分かるだろうし、早速プレイしてみるショ、坂道」
「ハイッ、それじゃ電源入れますね!!」
期待と興奮を隠せない満面の笑顔を見せながら、坂道は目の前のテーブルへマグカップを置いて席を立ち、手馴れた手つきでテレビとゲーム機の電源を入れるとオレの手からゲームソフトを受け取り本体へセットし、コントローラーを手に再びソファーへと戻ってきた。起動音と共に真っ暗だった画面の中央にはゲーム会社のロゴが浮かび上がり、余韻を残した音楽の後ディスクの回る音だけが小さく耳に聴こえてきた。この感じはアレだ、映画でも始まるような、そんなドキドキ感に似ている気がする。隣にいる坂道はきっとそれ以上で両肩が妙に釣り上がって強張っているのがよくわかるショ。すると、その肩が一度小さな声と共に跳ねたかと思えば目の前の画面が徐々に明るくなり、やがて全体が白に染まり変わった。筆記体で書かれた青に金縁のタイトルはディスクに浮き上がったものと同じ【R・P・G】その下には同じ字体で【Story of the kingdom】とサブタイトルが書かれていた。
「【Story of the kingdom】王国の物語…、雰囲気からしてなんだか中世っぽいニュアンスだな」
「確かにそうですね…RPGってことは何者かから国を守る為に勇者が仲間を集めて戦うのか、或いは自分の国を発展させていくゲームなんでしょうか…?」
どっちも有り得るなと思いつつ画面を見ていると、中央にはいつの間にか【START】の文字が点滅を繰り返し今や遅しとボタンが押されるのを待っているようだった。普通中古のゲームならば【option】なり【continue】なりの項目があるはずが、今のところそれらは見受けられない。ゲーム会社の仕様かもしれないが、もしかして本当にこれは噂通りの幻のゲームなのかもしれない。しかし、この胸騒ぎにも似た高鳴りというかオレの期待感は一体なんなんだろうか…妙にドキドキしてきたショ。じっと画面を見守っていたが意を決したらしい坂道がそっとスタートボタンを押すと、よくあるゲーム開始音と共にタイトル画面がフェードアウトし再び画面は黒一色になってしまったが直ぐに白いゴシック体文字でプレイヤーの名前や年齢、人数など事細かな設定を入力する画面が現れた。
「先ずプレイ人数、ボクと巻島さんの二人なので【2】。次に名前は…名前、どうしましょうか?」
「そのまんまでいいショ、その方が感情移入しやすいと思うぞ」
「じゃあそれで…【マキシマ・ユウスケ】【オノダ・サカミチ】それじゃ年齢も同じの方がいいですね…これで良し。次は思いつく友人の名前を数名ほど入力?ランダムで出現するかもしれないって書かれてますよ」
「えらく細かいな…部活で一緒だったメンバーでいいショ。あと適当に他校の奴の名前入れといても面白いかもな…//」
「それ良いアイディアですね!それじゃ…」
軽快なボタン操作で次々と総北高校時代の懐かしい名前を入力し、更に他校の中からも馴染みのある名前を数人入力し終えた坂道は一息にココアを飲みながら誤字や漏れが無いかどうか熱心に画面を見つめて確認していた。そんな、たかだかゲームでオーバーっショ…とも思いながら、そんな一生懸命な姿もオレには可愛く思える。やがて全ての確認を終え、決定ボタンを押すと項目は消え、代わりにタイプライター音と文章が刻まれ始めたので坂道はそれを確かめるようにゆっくりと読み上げ始めた。
「『※必読※ このゲームはプレイヤーによってエンディングが変化するマルチエンディングタイプです。あなた方の選択一つで未来は様々に変化します。なお、ゲームオーバーならびにリセットはありません。定期セーブからの再スタートのみになります。プレイヤーが選択した結果を最後まで見届けるのがこのゲームをプレイする真の目的とも言えるでしょう。【マキシマ・ユウスケ】【オノダ・サカミチ】あなた方2人は最後までこのゲームをプレイしますか?【YES】【NO】』…すごい仕様ですね、ボクこんなゲーム設定初めてです。」
「オレもゲーム全くやらないが設定が変わってるってのはよく分かるショ。」
一通りの説明を読み上げてみると今までにないタイプのゲームであることを感じ取ったオレと坂道は、しばしの間互の顔を見合わせていたが相談する事もなく坂道の表情にはハッキリと答えは見て取れた。たかがゲームとはいえ幻と噂される逸品、今までに無い設定条件は後戻りはできない一回きりのぶっつけ本番勝負のようで、まるでレース出走前のスタート地点の気分ショ。そうか、さっきからの高揚感はこのせいかもしれない…取っ付きにくかった印象はもう何処にもないし、覚悟と言ったらオーバーに聞こえるだろうがオレの答えもとうに決まってる。答えを伺うように視線を向ける坂道に軽く微笑んでそっと頭を撫でながら小さく頷いてオレは再び選択を迫る画面へと視線を戻した。
「それじゃ、いいですか?巻島さん」
「いつでもOKショ」
ギシっとコントローラーを握る音に続き、カチリ、とボタンを押す音が聞こえた。そいつに答えるようにテレビからは効果音が鳴り、画面ではの【YES】の文字が点滅しながらゆっくりと消えていった。さて、これからどんな話でどんな展開が待っているかとくとお手なみ拝見、なんにせよ楽しみショ。
【~1st stageへ 続く~】
カチッ… カチカチッ…‥
『ハァ…ハァ…ーーぁ…クッソ…暑い…ショ…;』
踏みしめる足元は埋まり崩れ、疲労する身体を煽る天上から降り注ぐ容赦の無い太陽。オレが見ている世界はたった二色、真っ青に晴れた雲一つない広空と行けども行けども繰り返される砂、砂、砂の黄色。目視に見渡しては果てなく地平線の先まで続いているのではないか、そんな絶望感に襲われる。このままじゃ無駄に時間を消費するばっかりだ、なんだか知らねぇけど徐々にライフも減ってきてるし急いで次の町でも村でも見つけねぇとアウトっショ。
「先走っちまったか…坂道が帰って来るまで少しでも先に進めておこうと思ったんだが…;」
薄暗い自室のテレビの前で手に馴染まないコントローラー感覚に苛立ちを覚えながらオレは噛み付くように画面を凝視し続けていた。オレって生まれてこの方ゲームなんてどれだけやった?と自問自答しみたが考えなくても片手も埋まらなかったショ。いまだ見えぬ目的地、漠然と広がる茶色で染められた砂漠マップ。プレイしているだけのはずがすっかりオレもゲームの中のキャラクター【マキシマ・ユウスケ】とリンクしているようだった。
『行けども行けども景色はかわらねぇーし…』
「あれ…なんかキャラの動作が遅くなってる気が…」
カチカチ…… ピコン!
【残り体力が10%を切りました。制限時間を開始します】
画面に表示された赤く点滅する残り体力と必然的に急かされるタイムリミットのカウントダウン。デジタル時計は秒を刻み数字を減らしているが、だからといって残り5分でこの変わらない状況で一体オレはどうしたらいいんだ…!?
「『ココは、…ったい、何処、なん、ショォオーーー!!!』」
叫びも虚しく、表示されたデジタル時計は残り3分を切ろうとしていた。
【RPG】 1 ~幻のゲームソフト~
それは穏やかな日差しが仕事で荒れ果てたアトリエの窓辺から癒しの如く柔らかく差し込む長閑な昼下がりくらいのこと。2週間ほどの海外出張から帰国し、溜まっていたデザインの仕事をちゃちゃっと片付け終えたオレは温くなったコーヒーで一息ついていた。デッサンは終わらせたから兄貴にデータ送付して…あとは部屋の片付けもだ。ついでに自分のアトリエもやるか…まだ全然大丈夫だが油断すると足の踏み場があっという間になくなっちまうショ。空けてた二週間、家のことは坂道に任せっきりだったし坂道が仕事から帰ってくる前に少しでも負担を減らしておいやりたいところだ。
「……~…っっ……~!!」
縮こまった身体を椅子の背を使って思いっきり伸ばすと、詰まっていた筋肉と呼吸が幾分か開放されたように思えるが少し酸素の足りない頭がぼんやりともする。その中で視線に映ったのは少々散らかったデスクの右奥に置かれた、あの懐かしいIH優勝の写真だった。高校3年で単身渡英、大学に入学、卒業を経て日本に帰国。それも早数年前の話になる。その間にも坂道との関係は遠距離ながらも続いていて、それがあったからこそオレは自身の目標に向かって進めたのもある。帰国と同時に予てから約束していた坂道との二人暮らしも自分達が考えていた程の不安も無く、順調そのもの。今回のように仕事の都合で時々家を空ける事が多いのは申し訳ないと思ってるがそれでもマメに連絡をくれるところなんて高校時代から全く変わらない。あの頃も今も、オレは坂道の屈託のない笑顔とかけがえのない存在に支えられながら忙しい日々さえ心穏やかに過ごすことができている。
「…っと、ボーッとしてたショ…//;」
休憩の余韻にふと蘇る昔の記憶に浸っていたが、そんな場合じゃないショ。今日は早く上がれそうだと今朝坂道は言っていたし、晩飯何にしようか…。なににせよ仕事が片付いただけでも実に清々しい気分、この気分が維持されているうちにさっさと掃除に取り掛かっちまおう。音を立てて椅子から立ち上がりアトリエを出たオレはそのままキッチンへ足を向けた。集中で忘れていた空腹にとりあえず何か入れなければ…軽く飯でも食うショ。
ピピピッ…っ!
「ん…メールか?」
湯を沸かしつつ冷蔵庫を漁っていると、ジーンズのポケットに突っ込んでおいた携帯がメール受信の音を鳴らしてみせた。手にしていたジャム瓶をキッチン台へ置いてそいつを取り出して名前を確認すると【坂道】の二文字が映し出されていた。あれ…、確か坂道は今朝から夕方まで仕事で、今も恐らく仕事中だとは思うんだが…休憩の合間に何か用事でも思い出したんだろうか。
『やりました巻島さんっ(((o(*゚▽゚*)o))) ボク今日すごいものを手に入れちゃいました! 残業しないよう仕事のケイデンス上げてなるべく早く帰ります(*≧∀≦*)』
「『どうしたんだ、何か嬉しいことでもあったのか? 帰り待ってるぞ』…と。」
明らかに興奮した様子の坂道に返事を打って携帯を閉じるとほぼ同時にケトルがカチリとスイッチを切った音がした。再び携帯をポケットに戻し、途中だった遅い昼食を取るためオレはジャム瓶を捻り開けた。何があったかは知らないが、随分と興奮してたみたいだし良いことがあったに違いないな。それじゃオレも楽しみにしながら本人の帰宅を待つ事にしよう。
………………………………………
「ただいま帰りましたぁっ//!!」
それから2時間後の午後5時過ぎ。玄関先から聞こえる坂道の『ただいま!』はいつも以上に元気で疲れを感じさせない張りのあるものだった。スリッパを鳴らしながら『おかえり』と玄関へ迎えに出ると慌てているのか靴が上手く脱げないらしくモタついている背中が忙しく動いている。残業かも知れないと今朝は言っていたが昼過ぎのメールで宣言した通りに残業無しの定時帰宅を達成することが出来たようだった。坂道が勤めているのはゲーム関係の雑誌出版社で、今の時期は新作ラッシュで残業も当たり前なんだとか…。そんな超繁忙期に特急で仕事を片し、この有り溢れる元気を与えた理由ってヤツは一体何だろうかとオレには想像もつかない。漸く靴を脱ぎ終えて振り返った坂道の髪型は慌てていた事を物語るようにクシャクシャしていて、あさっての方に大きく跳ねていた。
「おかえりショ坂道、クハッ…すごい髪型になっちまって//;」
「えっ…ぁ、うわわわいつの間に…っ//;」
オレの言葉に漸く気が付いたのか、坂道は両手で跳ねた髪を撫で付けてみても余計に癖がついてしまってなかなか元に戻りそうにない。その様子が可愛く可笑しく、口元の笑みを隠す事もなく片手で掻いて簡単にそれを治してやると幾分かはマシになったようだ。
「それで坂道。なりふり構わず大急ぎで帰ってきたには理由があるんだろ、メールにもスゴイもの手に入れたって書いてあったが?」
「そっ、そうなんですよ!コレです、コレなんです巻島さん!!」
ガサゴソと通勤用のメッセンジャーバックへ手を入れて坂道が取り出したのは、プラスチックケースに収められた一枚のCD。ぱっと見た感じは表紙にはなにも書かれていない白紙のジャケットで、説明書らしきものもオレの目には見当たらない。にも関わらず、大事そうにしっかりとケースを握る坂道の表情はこの上もなく嬉しそうで期待に満ち溢れているのがよくわかった。
「このCDがそんなに大したものなのか?一見すると全然、そうは見えないショ」
「そう、そうなんです!だから出会えたのが本当に奇跡と言いますか幸運といいますか…!!まさかボクが生きているうちにお目にかかれるなんて//!!」
「そいつはオーバーっショ、流石に;」
「そんな事ないんですよ巻島さん!これは本物の【幻のゲーム】なんですから!」
よく、好きなものを力説する人間は独特の早口と興奮を色濃く語らせるが坂道も例外じゃない。一生懸命、そのものの価値を伝えようとする真剣かつ情熱に満ち溢れた瞳が爛々と語る中、ともかく部屋に上がってから話すショ、と言うと、ここが玄関だと言うことも忘れていたらしく、脱いだ靴を揃えて漸くオレたちは部屋の奥へと足を進める事になったのだった。そこから二人で夕食を作りながら、坂道の言う【幻のゲーム】を手に入れた経緯や、何故そう呼ばれているかの理由などを坂道は休むことなく語り続けた。全くイイ顔するショ、出会った頃は全くこの手のカルチャー文化は理解出来なかったオレだったが、一緒に暮らすようになって相手の事をより知るようになってからは少なからず一般知識程度までは持ち合わせるまでになった。これも先生が優秀なおかげか…あ、でも未だに美少女アニメだけはよくわかんないショ。
「へぇー…つまり話をまとめると、今日取材に行ったゲーム会社の倉庫整理を手伝うことになったお前が、旧倉庫の廃盤ゲーム欄から偶然コイツを見つけたって事なんだな?」
「ハイ!はじめはジャケットも説明書も無いので何かの特典映像かデモ盤とも思ったんですが、見てください巻島さん。この円盤を光に斜めに傾けると文字が浮き出て見えませんか?」
「文字……あ~成る程、確かに浮き出て見えるショ。」
食事の片付けも済ませ、夕食後のプライベート時間となった時刻は午後8時を過ぎた。どうしても一緒にゲームをしたいという坂道の申し出に、仕事も無事に片付いたし構わないと頷いて答えると、早々に片付けも済ませた坂道は自分の部屋から旧式のゲーム機を掘り起こし、せっせとリビングへ運び込んできた。この分野は坂道の専売特許、素人のオレが手を出して良いものではないと弁えている。と、いうことでオレは飲み物を用意する係に任命され、二人分のココアを淹れてリビングに戻ってくると灰色の小型ゲーム機がすっかりとテレビに接続され、まるで特等席だと言わんばかりに堂々と鎮座していた。見慣れない機器があることに若干の違和感を覚えつつ、熱いぞ、と付け加えながらソファーに座る坂道にマグカップを差し出すと、手に持っていたCDを傍らに置いて両手でマグを受け取ってくれた。ココアの甘く良い香りが鼻先に漂う中で自分もソファーに腰を下ろし、そっと置かれたCDを手に取って光に斜め翳してみれば、先程よりもハッキリと浮き出た文字を読むことができた。【R・P・G】実にシンプルなタイトル、内容もなんと無く察しがつくショ。
「にしてもだ、よく譲ってもらえたな。幻っていうくらいだ、本物ならプレミア価格なり非売品なりになっててもおかしくはないショ?ゲーム会社側だって手放したくはなかったんじゃないのか?」
「ハイ、本来ならばそうなんですが、多分このゲームに関する噂が譲ってもらえた理由だと思います。」
貴重な品ならば大切に保管されるなりマニアに高値で取引されるなりが一般的だ。それが譲ってもらえたそれそうなりの理由がちゃんとあるのだという。程よく冷めたココアを一口飲んだ坂道は小さく考えた唸りを発して、自分なりの見解を話し始めた。
「さっき夕食を作りながら巻島さんにお話しましたが、このゲームが幻と言われる本当の理由…と、でも言うんでしょうか。ゲーマー界の噂では、このゲームのプレイ時間とエンディングがプレイヤーによってみんなバラバラだと言います。一人が複数回プレイすれば理由もわかりますが、不思議な事にこのゲームに二週目は無いと言われています。何故か誰も二回目をプレイした人がいないという嘘のような噂が実在するんですよ。」
「…つまりその話が本当だとするならば初回プレイのみの一回こっきりで、プレイした奴が全員違うエンディングを見ているってことなんだな。なんか、そう聞くとバリバリいわく有りげなゲームっショ;」
「アハハ…そうなんですよね//; でも、プレイした人で内容を悪くいう話は流れてないんですよ、巻島さん。詳しい内容は書かれてはいませんがネタバレ防止か何かだとは思います!」
マグカップを片手にしつつ胸元に拳を構えて熱く語る坂道は真剣そのもの。ゲームに対する情熱がひしひしと伝わってくるショ、しかも幻と言われるゲームなのだから尚更だろう。
「あと、これは譲ってくれたゲーム会社の担当者さんが言っていたんですが、こういう噂のあるゲームは来るべき人のところに出てくるものなんだそうです。ゲームが人を選ぶって話もおかしな事かもしれませんが、今日ボクが倉庫整理の手伝いを申し出なければ出会うことも無かった品ですし、商品としては出せないものだから持ってて良いと言ってくれました。」
「巡り合わせって奴か…クハッ、そいつも面白い話っショ。なんにせよやってみれば分かるだろうし、早速プレイしてみるショ、坂道」
「ハイッ、それじゃ電源入れますね!!」
期待と興奮を隠せない満面の笑顔を見せながら、坂道は目の前のテーブルへマグカップを置いて席を立ち、手馴れた手つきでテレビとゲーム機の電源を入れるとオレの手からゲームソフトを受け取り本体へセットし、コントローラーを手に再びソファーへと戻ってきた。起動音と共に真っ暗だった画面の中央にはゲーム会社のロゴが浮かび上がり、余韻を残した音楽の後ディスクの回る音だけが小さく耳に聴こえてきた。この感じはアレだ、映画でも始まるような、そんなドキドキ感に似ている気がする。隣にいる坂道はきっとそれ以上で両肩が妙に釣り上がって強張っているのがよくわかるショ。すると、その肩が一度小さな声と共に跳ねたかと思えば目の前の画面が徐々に明るくなり、やがて全体が白に染まり変わった。筆記体で書かれた青に金縁のタイトルはディスクに浮き上がったものと同じ【R・P・G】その下には同じ字体で【Story of the kingdom】とサブタイトルが書かれていた。
「【Story of the kingdom】王国の物語…、雰囲気からしてなんだか中世っぽいニュアンスだな」
「確かにそうですね…RPGってことは何者かから国を守る為に勇者が仲間を集めて戦うのか、或いは自分の国を発展させていくゲームなんでしょうか…?」
どっちも有り得るなと思いつつ画面を見ていると、中央にはいつの間にか【START】の文字が点滅を繰り返し今や遅しとボタンが押されるのを待っているようだった。普通中古のゲームならば【option】なり【continue】なりの項目があるはずが、今のところそれらは見受けられない。ゲーム会社の仕様かもしれないが、もしかして本当にこれは噂通りの幻のゲームなのかもしれない。しかし、この胸騒ぎにも似た高鳴りというかオレの期待感は一体なんなんだろうか…妙にドキドキしてきたショ。じっと画面を見守っていたが意を決したらしい坂道がそっとスタートボタンを押すと、よくあるゲーム開始音と共にタイトル画面がフェードアウトし再び画面は黒一色になってしまったが直ぐに白いゴシック体文字でプレイヤーの名前や年齢、人数など事細かな設定を入力する画面が現れた。
「先ずプレイ人数、ボクと巻島さんの二人なので【2】。次に名前は…名前、どうしましょうか?」
「そのまんまでいいショ、その方が感情移入しやすいと思うぞ」
「じゃあそれで…【マキシマ・ユウスケ】【オノダ・サカミチ】それじゃ年齢も同じの方がいいですね…これで良し。次は思いつく友人の名前を数名ほど入力?ランダムで出現するかもしれないって書かれてますよ」
「えらく細かいな…部活で一緒だったメンバーでいいショ。あと適当に他校の奴の名前入れといても面白いかもな…//」
「それ良いアイディアですね!それじゃ…」
軽快なボタン操作で次々と総北高校時代の懐かしい名前を入力し、更に他校の中からも馴染みのある名前を数人入力し終えた坂道は一息にココアを飲みながら誤字や漏れが無いかどうか熱心に画面を見つめて確認していた。そんな、たかだかゲームでオーバーっショ…とも思いながら、そんな一生懸命な姿もオレには可愛く思える。やがて全ての確認を終え、決定ボタンを押すと項目は消え、代わりにタイプライター音と文章が刻まれ始めたので坂道はそれを確かめるようにゆっくりと読み上げ始めた。
「『※必読※ このゲームはプレイヤーによってエンディングが変化するマルチエンディングタイプです。あなた方の選択一つで未来は様々に変化します。なお、ゲームオーバーならびにリセットはありません。定期セーブからの再スタートのみになります。プレイヤーが選択した結果を最後まで見届けるのがこのゲームをプレイする真の目的とも言えるでしょう。【マキシマ・ユウスケ】【オノダ・サカミチ】あなた方2人は最後までこのゲームをプレイしますか?【YES】【NO】』…すごい仕様ですね、ボクこんなゲーム設定初めてです。」
「オレもゲーム全くやらないが設定が変わってるってのはよく分かるショ。」
一通りの説明を読み上げてみると今までにないタイプのゲームであることを感じ取ったオレと坂道は、しばしの間互の顔を見合わせていたが相談する事もなく坂道の表情にはハッキリと答えは見て取れた。たかがゲームとはいえ幻と噂される逸品、今までに無い設定条件は後戻りはできない一回きりのぶっつけ本番勝負のようで、まるでレース出走前のスタート地点の気分ショ。そうか、さっきからの高揚感はこのせいかもしれない…取っ付きにくかった印象はもう何処にもないし、覚悟と言ったらオーバーに聞こえるだろうがオレの答えもとうに決まってる。答えを伺うように視線を向ける坂道に軽く微笑んでそっと頭を撫でながら小さく頷いてオレは再び選択を迫る画面へと視線を戻した。
「それじゃ、いいですか?巻島さん」
「いつでもOKショ」
ギシっとコントローラーを握る音に続き、カチリ、とボタンを押す音が聞こえた。そいつに答えるようにテレビからは効果音が鳴り、画面ではの【YES】の文字が点滅しながらゆっくりと消えていった。さて、これからどんな話でどんな展開が待っているかとくとお手なみ拝見、なんにせよ楽しみショ。
【~1st stageへ 続く~】
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