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5月12日 巻坂長編その2UP。

冬は人を恋しくさせる。

木枯らし風に寒さが乗り込み、

知らず知らずに忍び寄る。

背中を駆け抜け、頬を過ぎる頃には、

ふっ、と誰かに会いたくなってる。


【夜の口笛】


その日はやけに寒くて、バイト終わりの夜中には既に気温はひとケタを下回ってるんじゃないかってくらい寒かった。
ひと足早く、バイトを上がったオレが、店裏へ出るための通路を歩いていると、既に隙間風に足元は寒さを覚えていた。
出口辺りまで来ると、予想通りに外気の寒さを教えるようなドアノブの冷たい色は、
触れるとバチッ!と軽い音を鳴らした一発の静電気が手袋を忘れた右手に噛み付いてきやがった。
声の変わりに小さく舌を打ちした後、ドアノブを一気に押し開けると、今度は予想していた以上の外気にたまらず首を竦めた。
背後からは通路を通って響く、閉店作業の打音が遠くに聞こえ、いつまでも此処に居たくは無ぇしな、と、
両手をポケットに突っ込み、マフラーに顔を埋めるようにしてオレは家への帰路を目指す為に裏路地を早足で歩き始めた。


「っさっみぃー…寒ぃんだけど…ぁ~……クッソ寒いっ…っ!!」


バイト先から自分の住んでいるアパートまでは徒歩で15分くらいの場所にある。
冬の夜中に歩きで帰るのは少しだけしんどい距離だが、自転車に乗るほどの事でもない。
それに家に置いておくほうが安心と言えば違いないワケで、結果こうして寒空の下を
労働で疲れた身体を引きずりながら、オレは歩いて帰っている。
それでも、オレの働いている店は他の店舗に比べて閉店時間が早いのか、
幾分帰宅時間は早めだ。耳をすまさなくても未だ近隣では生活音が騒がしく、
建物の隙間から聴こえるガヤガヤとした耳障りの中には飲食店街特有の、
通気口から排出された油臭い空気が漂い包まれている。

このニオイは空っ腹にはキツくて気分も悪くなるんだよねぇ~…
と思うと同時に、オレにとっては今日一日の終わりを告げるものでもあった。
ものの数分も歩けば、人気もだいぶ少なくなり、もう既に眠りの床についている住宅地が姿をあらわすが、
この辺になってくると一転、一人ではどことなく寂しく思えるほど静かで灯りもポツリポツリだ。


「帰ってからどーすっかな…風呂、の前に洗濯、いやまた家出んのはメンドクセぇな…。」


寒さと静けさ、そして空腹の三重苦、疲れをくわえてもいいけど余計そう思えるから止めておこう。
そんなどうしようもないモノを紛らわせるように呟く予定を兼ねた独り言は、
口元のマフラーへ一時的に暖かい息を生んでみせる。だけどちっとも暖まらねぇ…
ヘでもないぜって感じに寒空に吹く夜風がかき消していくんだ。
時偶に襲いかかる風に下を向けば、随分とくたびれたスニーカーが暗闇の中にぼぉっと姿を浮かばせている。
バイト始めるときに買ったからまだ数ヶ月しか経ってねぇのに、所々布が擦れてんじゃんか、
なんか最近厨房通るたびに冷たいかもって思ったのはコレか。

大学に入学して、一人暮らし始めて、バイトしてって思いの外にハードワークを共にしてりゃ消耗するか…。
溜息混じりにくたびれた足元から視線を上げれば、そこはもう見慣れたアパートの近所の風景に変わってて、
あ、もうすぐ家じゃん、と、擦り気味だった足に力を入れて歩幅を正すように歩きを変えながらオレは大きく息を吐いた。
身体は疲れてっけど今晩はいくらか気分は晴れやかなのだ、明日は完全な休み、一体何日ぶりの完全オフだろうか。
明日は大学も休みでバイトも無い、ここ一週間出突っ張りだった御褒美だと帰りがけに店長が急遽休みにしてくれたんだ。


「掃除も簡単にやって、メシは、まかない貰ってきたヤツ温めりゃ食えるから後回しだな…」


まずやらねばと思い浮かぶのは、2~3日サボった散々たる部屋の片付けだ。
しかし今時間も遅いし、明日が休みなら全部明日に回して、今夜は体力の回復に努めるのが最優先なんだろうとも思う。
気候も不安定で気を抜けば風邪を引きかねないし、現に今も背筋が若干寒い気がしなくもない。
でも多分、暖かいバイト先から出てきたんだし汗が冷えたせいだろうとも思っている。
つかさぁ、当初オレの中の予定では、本当なら次の休みには一日寝てやるくらいのつもりでいたんだぜ?。
ってのに、その予定を変更しようと思ったのは昨日の放課後あたり、だったっけナァ…。


「あ゛っ……買い物っ……」


こんな調子にさ、なぁんか最近…、本調子じゃ無いっつーか、どうにも気分がしっくりこないんだよネェ…。
原因は分かってんだけど、そうさせたのは八割方あっちの間が悪ィのが原因だ。
上着ポケット内へ遊ばせた携帯を取り出して画面を開けば時刻は既に日付を変更して数分経っている。
着信ナシのメールが数通との通知に、ざっと確認してみても特別有用なものは無かったので、またポケットへ押し戻した。


講義でも部活でもここ一ヶ月あまり、オレは金城とまともに顔を合わせてねぇんだよ。


大学の敷地内でチラッと姿を見かける事はあったが会話は無いし、オレもオレで実習やらバイトやらで忙しくしてはいた。
けどさ、それでも時間ある時はなるべく部活に顔を出して走っていたんだぜ。
アイツならどんなに時間が無くても自主練は欠かさないだろうって。
組んで走ってる以上、もし金城が来てて、オレが休みだったらメーワクかけんのも悪ィじゃん。


なんの廻り合せか同じ大学になり、コンビ組むようになってから
オレは金城真護って男をほとほとよく理解した、これは悪い意味じゃ無い。
当初、オレはまだ高校時代同様、金城を外側から眺めてるフシがあって、生来真面目な気質、
無口で勤勉、言葉に違わない走りも正確で無駄がない、福ちゃんにライバルだと認められただけの男ではあるわ、って、そのくらい。
それが内側に入って、一緒に走ってみてのイメージは自転車の上でも大学生活でも大分違って、
同い年にしては出来過ぎな気もする人間性、そして漢気っつーのか、人に好印象を持たせる話し方に聞き上手、
時々冗談も言えるユーモア性。学部内でも部活でもオレの耳にかする程度の会話にも悪ィ噂を耳にしたことが今のところない。


総合的に言えるのは何をとっても完璧な金城真護に妥協や甘えは無ェだろ。
仮にもし、そんな考えが塵にひとつにもあったなら、オレは金城のアシストを務めてはいない、それどころか近寄りもしねぇハズだ。
とにかく、部活にさえ出ていればいくらなんでもどっかでかち合うだろうって思ってた一ヶ月前、現実はそう上手くはいかなかった。


『金城なら昨日来てたぜ、お前確か実習で出られ無かったよな?荒北』


『えっ、お前すれ違わなかったのか、金城なら今さっき電話が鳴って学部に走って戻ってたぞ』


『今日は休みだってさっき来て言ってったばっかだぞ、ほらさっさと用意しろ、練習出るぞ荒北』


「…ぁ~……っ……ックシュッ…!!」


ナニコレ、こんなすれ違いってバカがつくほど有り得ない確率ジャナアイ?
金城も金城だ、今日は出られるとか、少し時間が取れるとかメール一本くれりゃ無駄骨に気の回しもしなくて済むんだ。
ゴチャゴチャ考えんのは好きじゃねぇし得意じゃ無ェんだよ、みてみろ具合まで悪くなってきたじゃねぇか。
鼻先に擦れでもして発射されたクシャミが、寒気のあった背中に本格的な悪寒を走らせた。
指先で巻いていたマフラーを引き下ろし、啜った後に大きく空気を吸い込んでみると、
寒いながらも身が締まるような、少しだけ呼吸が良くなるように思える。

はぁ…。吐いた息が白い、ますます気温は下がって来てるらしいな、こりゃあ。
それを証拠に夜空は澄んで、さして田舎でもないのに星がわりかし綺麗に見えて瞬いている、雲もない。
上空では強い風が吹いてんだ、耳には聞こえないがきっと口笛みたいな高い音を鳴り響かせながら、この寒空を駆け抜けてるんだろう。


「…ぐずっ……~…ぁ~…」


そういえば、昔ばあちゃんが『夜に口笛を吹くと蛇が出る』って話してたっけな
、話を真っ向に信じてガキの頃は本気にしてマジでビビったぜ。
でも後々になって蛇じゃなくて邪が寄ってくるって知った時は怖がって損したと思ったのを覚えている。
行儀躾の一環にしても昔の人間は上手いことを言ったもんだ。
今オレがヘビと言って連想されるのは、金城の二つ名である【石道の蛇】。
何があっても決して諦めない蛇のような男だとか、なんだとか…
高校時代その名は広く知れ渡っていて、興味無いオレだって知ってるつーの。
それならば一つ試してみようじゃないか、その面白そうな大昔の迷信を。
待ってるだのってのはオレの性分じゃ無い、大人しく構えてるのも違うだろ。
だったら、だ、攻めてみるのもアリじゃねぇかな、蛇でも邪でも出てみろってんだ。
見上げていた星空から視線を真っ直ぐに見据えながら、寂しく灯る弱い街灯の光を映しながら
オレは唇を窄めてひとふき、小さく音を鳴らしてみせた。


その音は、随分久しぶりに吹いたせいと、寒くて唇が固くなってたのかとてつもなくマヌケな音になってしまった。
うわ下手クソ、夜に吹く以前の話だぜ、こんなに下手クソだったっけ。
もう一度挑戦、今度は素早く息を吸い込み、窄めた唇の間から吹いてみるとさっきよりは幾分かマシな音となった。
オレの耳にさえ微妙に聴こえるか否かの鳴りが、本人はおろか誰かに届くわけも無いのに、
迷信に頼ってまでオレは金城の顔が見たいのかって言われりゃ…それも否定し難い。
ま、どっちでもいい、あと数時間後に日が昇ったなら、金城の家に乗り込んで一発怒鳴ってやろうと決めてんだから。
何やってんだと自分の行動を鼻で笑い飛ばし、気持ちだけは「やってやった」の満足感を持ちながら
再びマフラーで口元まで覆い、残り少なくなった帰路の足を早めた。
大分時間を食った上にこのままチンタラしてたんじゃマジで風邪引いちまう。とりあえず風呂入ろう、そっからメシ食って体力つけなきゃネ。


そんな一人遊びをするうちに、直ぐ隣の壁の先はアパートというところまで来ていた。
早足から駆け足に変えて門を括り、コンクリート打ちっぱなしの階段を軽音な足音で駆け上がっていくと、先に誰か人の気配があるのが分かった。
このアパートにはオレの他にも学生が住んでるのはチラホラと見かけてたし、呑みか遊びかで午前様…ってか。


「おかえり、荒北」


あと数段で登りきる、視界には半分だけ二階の踊り場が見え始めたと思った時だった。
つめたく冷えた耳に聞こえた声に上へと視線を向けると、その声の主はオレの姿を見留めたらしく、
片手にしていた携帯を上着のポケットへしまいながら白い息と共におかえりを言ってみせた。

ビックリしたわ、まさか向こうから来てるとは思って無かったぜ。


「オイ、こんな時間にオレん家の前で何やってんだよ、金城。一歩間違えば不審者だかんね、ソレ」


「そうか…言われればそうかもしれなかったな、しかし幸いにも誰も通らなかったぞ。」


残りの階段を駆け上がり、家のドアの前で二人並んでみると暗がりと同じような色のコートを着た金城は微笑んだ。
メガネ越しの優しさをみせる力強い瞳と、少しだけ赤い鼻の頭がミスマッチで何か笑える。
様子を見るかぎり待っていたのは10分20分の話じゃ無さそうだ。


「今やっているレポートに、漸く片付く目処が立ったので出てきたんだがお前が留守でな、もう夜中だが、メシでもどうかと思って待っていたんだ」


「だったら先にメールよこせよォ、つかさ、近くにコンビニもあンのにこんな寒い場所で待ってなくても良かったダロ。」


ポケットやカバンに手を突っ込み、探り当てた家の鍵は勿論冷たかった。
冷えていた手の熱はおろか、指先まで感覚を麻痺させてきやがる。
教訓、次は手袋を忘れない、多分テーブルの上に出しっぱなしになってると思うんだよねぇ…。


「最初に」

「ぁ、何っ…?」

「最初におかえりを言いたかったんだ」


ガシャリ。鍵穴の目標を得ず、空回りするばかりの金属音の中で、金城の言葉がオレの的を得た。
さっき『おかえり』と言われたときには驚いたのは自分でも分かる、でも、今の理由は
心臓に直接衝撃を与えられたように結構な衝撃が打ち与えられたのが分かった。
間の抜けた顔で金城を見ていると、今度は金城が小さく声を出して笑顔をみせた。


「レポートの疲れが飛ぶくらい面白い顔だな、荒北」

「ぇっ…あっ」

「鍵、借りるぞ」


言うが早いか金城はオレの手から鍵を取り上げ、変わりに何かを投げよこしてきた。
冷たい鍵のかわりに投げられたそれは白く、手の平にじんわりと温かい熱を生んでいる。
『それで少し手を温めておくといい、さて、開いたぞ』ものの数秒の作業に、オレがあれだけ苦戦していたドアは開かれ、
真っ暗な室内が視界に映ると、背中をポンと叩かれる感覚にオレは我にかえった。


「どうした、オレも寒いんだ。家主のお前が入らなければオレも入れないんだが…」


隣で微笑む金城の言葉と同じ時、吹き抜けの通路に冷たい夜風が吹き抜けた。
その音は低くもあり、高くもある、強弱のままならない調子っ外れの口笛のように聞こえ、
視線で追う頃には、姿無きそれは遠くに打ち解けて消えてしまっていた。


「言っとくケド散らかってっから、あと思ってるより部屋寒ィよ…」

「構わない、オレの部屋も大差無いし、ココより幾分もマシだ」

「あっそ…暫くコート着たまんまでいてね、オレもマフラー取らないから。」


短い受け答えもそこそこに、オレは敷居を跨ぎ、自分の家へと帰宅した。
部屋の中は言葉通りに寒いハズなのに、頬だけが異様に熱く感じる。
さっきまであんなに寒かったのに、これじゃたとえ部屋が暖かかったとしてもすぐにはマフラーを外せそうに無いじゃん。


そこからは二人で部屋片付けたり、メシの用意をしたりと忙しくしていたが、間に金城は一ヶ月連絡をしなかった理由を話してくれた。
研究レポが忙しかったのも一つ、時間を見つけて部活に顔を出しても、今度はオレが実習で居なかったらしく、
忙しいところに無理に連絡を取るのも悪いと思ったんだと。


「お前と練習に出られない日は走っていても本調子ではなかったな。
タイミングも狙ったように外してしまったようだし、合わないならば自分の課題をさっさと片付けてしまう方が良いと考えたんだ。」


「真面目チャンがぁ…遠慮し過ぎなんだよ、無理してっといつか爆発しちまうぜ?」


「次回からは気をつけよう、しかし今日は待ってでも会えて良かったと思っている。」


「なんで?」


「お前は目を放すと知らずに無茶をするからな、顔は疲れているが痩せた様子も無く安心した」


相手の事を考える金城らしい理由だったが、凸凹コンビにも程がある。
人のこと言えないだろ、コイツには誰か心配してやるヤツが必要…その心配は無いか。
オレも結構、気を揉んでたし、次、連絡来なかったらメールどころか家に押しかけてやろう、今日の御返しに。
休み明けにはレポートが出せる、そうすれば練習に専念できると嬉しそうに話す金城に
出来なかった分を取り戻すぞ、と、冷蔵庫に2本だけあった缶ビールを開けて、ひと足早いお疲れ様をオレは言った。


夜に口笛を吹くと蛇が出る。
しかし、やってきたのは蛇でも邪でも無かった。
馬鹿に出来ない、昔の人の言うことは聞いておくもんなんだ。


【END】


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金城さんBDに書きました金荒です。
最近このお二人が可愛くてたまりません、すっかり沼と化しています。
巻坂とはまた違う、少し大人になった大学生同士の恋愛ってとっても魅力的!
いずれ待宮君を交えてお酒でも飲んでるお話が書ければいいなと思っています。
大学生の色気って恐ろしい、L仔でした!

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